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死亡フラグが全部付箋で見えるんですが  作者: 絵宮 芳緒
第五章 動き出す未来

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第十話 それぞれの思惑

グランディール伯爵家。


「失礼いたします。」


黒い外套をまとった男が、伯爵の執務室へ一礼した。


「戻りました。」


伯爵は手を止めることなく問い掛ける。


「報告を。」


「はい。」


男は静かに口を開いた。


「ローゼ商会につきましては、特に変わった動きはございません。」


伯爵は黙って耳を傾ける。


「ただ――。」


男は一度言葉を区切った。


「先日ご報告したアストレア伯爵家の令嬢を、再び街で見掛けました。」


伯爵の視線がゆっくりと上がる。


「ほう。」


「前回と同じ騎士と接触しておりました。会話の内容までは確認できておりません。ですが、以前と同様に短時間ではございました。」


伯爵は椅子の背にもたれ、ゆっくりと指を組んだ。

表情は変わらない。


だが、その瞳だけがわずかに細められる。


「……そうか。」


やがて、静かに口を開く。


「アストレア伯爵令嬢の動向を注視しろ。」


「承知いたしました。」


「不用意に手を出すな。現時点では、何も分かっておらん。こちらから動くのは、その後だ。」


「はっ。」


男は一礼すると、静かに執務室を後にした。


扉が閉まると、ほどなくして控えめなノックが響く。


「お父様、入ってもよろしいでしょうか。」


伯爵は短く答えた。


「ああ。」


ゆっくりと扉が開く。

現れたのは、一人の若い令嬢だった。


艶やかな栗色の髪はゆるやかに結い上げられ、淡い藤色のドレスがその白い肌によく映えている。


どこか幼さを残す愛らしい面差し。

大きな瞳には素直さが宿り、柔らかな笑みは人当たりの良さを感じさせた。


姉たちのような華やかな美貌ではない。

けれど、誰からも親しまれるような可憐さを持つ令嬢だった。


「お仕事中でしたのね。」


少し申し訳なさそうに微笑む。


先ほどまで厳しい表情を崩さなかった伯爵も、娘を見ると、わずかに表情を和らげた。


「いや、ちょうど話は終わったところだ。」


令嬢はほっとしたように胸を撫で下ろす。


「でしたら、お茶をご一緒できたらと思いまして。

今日は、お父様がお屋敷にいらっしゃると聞いたものですから。」


伯爵は静かに頷いた。


「構わん。」


その言葉に、令嬢の表情がぱっと明るくなる。


「ありがとうございます。」




ほどなくして、使用人が紅茶と焼き菓子を運んできた。


香り高い紅茶がカップへ注がれ、部屋に穏やかな香りが広がる。


伯爵は静かにカップを手に取った。

令嬢も向かいへ腰を下ろし、小さく微笑む。


「こうして、お父様とお茶をご一緒するのも、久しぶりですわね。」


「ああ。」


伯爵は静かに頷いた。


「最近は、お姉様方からのお手紙も届いておりますの。」


「ほう。」


「上のお姉様は侯爵家の秋の園遊会でお忙しいそうですし、下のお姉様も伯爵領の視察へ出掛けられたそうです。お二人とも、お変わりなくお過ごしのようでした。」


伯爵は、どこか嬉しそうに目を細めた。


「二人とも、それぞれ立派に務めを果たしているようだな。」


「はい。」


令嬢も微笑む。

けれど、その笑みはほんのわずかに揺らいだ。


紅茶へ視線を落とし、静かにカップを持ち上げる。


温かな紅茶が喉を通る。

それでも胸の奥に残る小さな引っ掛かりは消えなかった。


(お姉様方は、皆それぞれ立派なお家へ嫁がれて……。)


自然と指先へ力が入る。


(私は……。)


その先の言葉は、自分でも口にしたくなかった。


伯爵はそんな娘の様子に気付いたのか、静かにカップを置いた。


「どうした。」


令嬢ははっと顔を上げる。


「……いいえ。」


すぐに笑顔を作る。


「少し考え事をしてしまいました。」


伯爵は、静かに娘を見つめた。


「一つ、話しておきたいことがある。」


令嬢はカップをそっと置く。


「何でしょうか。」


伯爵は少し間を置いた。


「お前も、そろそろ将来を考える年頃だ。」


令嬢は小さく頷く。

その言葉の意味は、分かっていた。


いつかは必ず訪れる話。

そう思っていたからだ。


「縁談の話がある。」


静かな一言だった。

令嬢は驚いたように、父を見つめる。

伯爵は娘の反応を見つめながら、ゆっくりと口を開く。


「相手は──。」


その言葉を聞いた瞬間。

令嬢の表情から、笑みが静かに消えた。

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