第九話 忍び寄る影
翌朝、騎士団本部。
「失礼いたします。」
ノアは執務室へ入り、一礼した。
レオンは机上の書類から視線を上げる。
「戻ったか。」
「はい。」
ノアは静かに頷く。
副団長も椅子へ腰掛けたまま、報告を待っていた。
「報告いたします。」
執務室へ静かな声が響く。
「証言者であるローゼ商会の跡取りを調査いたしました。」
レオンは短く頷く。
「続けろ。」
「商会に不審な動きは確認できませんでした。跡取り本人につきましても、特に事件へ関与していると断定できる事実はございません。」
副団長が口を開く。
「では、違和感の正体は何だった。」
ノアは少し考えるように、視線を落とした。
「……守りたいものがあるように感じました。」
レオンは黙って、耳を傾ける。
「住宅街にあるパン屋へ立ち寄り、一人の女性と会っておりました。女性はパン屋で働く平民と思われます。二人の様子に不自然な点はございませんでした。互いを思いやり、穏やかな時間を過ごしていただけです。」
一度、言葉を切る。
「少なくとも、あの女性が事件へ関わっているようには見えませんでした。」
執務室に静かな沈黙が落ちる。
やがてレオンが口を開いた。
「現時点では決めつけるな。」
「はっ。」
「証拠がない以上、憶測で人を疑うわけにはいかない。」
レオンの言葉に、副団長ヴィクトルも静かに頷く。
「だが、違和感を覚えたというお前の勘も軽視はできん。」
ノアは背筋を伸ばした。
「ありがとうございます。」
「引き続き、ローゼ商会と関係者の動きを探れ。」
「承知いたしました。」
レオンは静かに立ち上がった。
「焦るな。証拠は、必ずどこかに残る。」
「……はい。」
「この事件はまだ終わっていない。」
レオンの低い声が執務室に響く。
「引き続き調査を続けろ。」
「承知いたしました。」
ノアは一礼し、執務室を後にする。
静かに閉まる扉を見つめながら、ヴィクトルはぽつりと呟いた。
「……妙ですね。」
レオンは窓の外へ目を向けた。
「ああ。」
「嫌な予感ほど、当たるものだ。」




