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死亡フラグが全部付箋で見えるんですが  作者: 絵宮 芳緒
第五章 動き出す未来

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第六話 見落とされていたもの

翌朝。

騎士団本部。


「失礼いたします。」


ノアは一礼し、執務室へ入った。


「団長。」


レオンは、書類から顔を上げる。


「どうだった。」


「はい。」


ノアは一枚の報告書を差し出した。


「昨日ご指示いただいた件につきまして、証言者数名へ改めて聞き取りを行いました。」


副団長も静かに視線を向ける。


「何か分かったか。」


「現時点で証言が覆るような事実はございません。」


ノアは落ち着いた口調で答えた。


「ですが、一名だけ気になる人物がおります。」


レオンの視線が鋭くなる。


「続けろ。」


「王都でも名の知れた商会の跡取り息子です。」


副団長が資料をめくる。


「……確かに証言しておりますな。」


「はい。」


ノアは頷いた。


「事件当日、容疑者を現場付近で見掛けたと証言しております。」


レオンは静かに報告書へ目を通した。


「証言内容に不自然な点は。」


「ございません。」


ノアは一度言葉を区切る。


「ですが。」


静かな執務室に緊張が走る。


「聞き取りを行った際、終始どこか落ち着かない様子でした。」


副団長が眉をひそめる。


「怯えていたのか。」


「……いいえ。」


ノアは首を横に振る。


「何かを隠しているようにも見えました。」


レオンは報告書を閉じる。


「理由は。」


「分かりません。」


ノアは悔しそうに答えた。


「ただ、証言そのものではなく……その人物自身に違和感を覚えました。」


レオンは静かに考え込む。


「証言に偽りがある、と言いたいわけではないのだな。」


「はい。」


ノアは真っ直ぐ答えた。


「少なくとも、私にはそのようには見えませんでした。ですが……。」


一度言葉を選ぶ。


「何かを隠しているような……そのような印象を受けました。」


副団長は腕を組む。


「話せない事情がある、ということか。」


「その可能性もございます。」


ノアは静かに頷いた。


「ただ、その事情が事件と関係しているのかまでは判断できません。」


執務室にしばらく沈黙が流れた。

レオンは机上の報告書へ、視線を落とす。


「商会の名は。」


ノアは資料をめくる。


「ローゼ商会でございます。王都でも指折りの規模です。」


副団長が小さく息をつく。


「私も耳にしたことがございます。先代から誠実な商いで名を上げた商会だったはずです。」


レオンは静かに頷く。


「そのような商会の跡取りが、理由もなく何かを隠すとは考えにくい。」


ノアも同意する。


「私も同じ考えです。だからこそ、気になりました。」


レオンは静かに立ち上がった。

窓の外では、王都の街並みが穏やかに広がっている。


「ノア。」


「はっ。」


「商会そのものを調べろ。」


副団長がレオンを見る。


「跡取りではなく、ですか。」


「ああ。」


レオンは短く答えた。


「本人を追えば警戒される。まずは周囲を知る。家族、取引先。最近出入りの増えた者。どんな些細なことでも構わん。」


ノアは力強く一礼する。


「承知いたしました。」


レオンは最後に、一言だけ付け加えた。


「先入観は捨てろ。その人物が善人か悪人かは、関係ない。見える事実だけを拾ってこい。」


「はっ。」






一方、その頃――。


王都でも指折りの規模を誇るローゼ商会。


帳場では、今日も帳簿を手にした店員たちが慌ただしく行き交っていた。


その奥。

一人の青年が書類へ目を通している。


「坊っちゃん。」


年配の支配人が静かに声を掛けた。

青年は顔を上げる。


「どうしました。」


「本日の帳簿をお持ちしました。」


「ありがとう。」


青年は穏やかに微笑み、帳簿を受け取った。


その姿は、店員たちからの信頼も厚く、将来の当主として申し分ない立ち居振る舞いだった。


しかし――。


帳簿へ視線を落としたまま、小さく息をつく。

その表情には、どこか晴れない影が差していた。


(……あの日のことが、頭から離れない。)


あの証言は、本当に正しかったのだろうか。何度自分へ問い掛けても、答えは出ない。

その時だった。


「坊っちゃん。」


支配人が再び声を掛ける。


「お客様がお見えです。」


青年は顔を上げた。


「どなたでしょうか。」


支配人は少しだけ、表情を引き締める。


「グランディール伯爵家より、使者の方がお越しです。」


青年の表情が、わずかに曇る。


「……お通ししてください。」


静かな返事だった。

けれど、その声には、隠しきれない重さが滲んでいた。


間もなく、応接室の扉が静かに開く。

黒い礼装に身を包んだ男が一礼した。


「突然の訪問をお許しください。」


落ち着いた口調だった。

だが、その胸元にはグランディール伯爵家の紋章が刻まれている。


青年も静かに一礼する。


「本日は、どのようなご用件でしょうか。」


使者は一通の封書を差し出した。


「伯爵様より、お預かりしております。」


青年は封書を受け取り、静かに封を切った。

視線が紙面をなぞる。

その表情は変わらない。


けれど、読み進めるにつれ、その指先へわずかに力が入った。

やがて、静かに封書を畳む。


「……承知しました。」


短く答える。

使者は一礼した。


「ご当主様へも、よろしくお伝えください。」


「ええ。」


青年は穏やかに微笑んだ。


「私から父へ伝えておきます。」


使者は再び一礼すると、静かに部屋を後にした。

扉が閉まる。

応接室には、静寂だけが残った。


青年は手元の封書へ視線を落とし、小さく息をつく。


(また、グランディール伯爵家か……。)


その呟きは、誰にも届くことなく静かに消えていった。





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