第三話 重なる違和感
リシェルは商会の扉を静かにくぐった。
「いらっしゃいませ。」
店員が笑顔で迎える。
「アストレア伯爵令嬢、本日はどのようなご用件でしょうか。」
「少し、探しているものがありまして。」
リシェルも穏やかに微笑み返す。
店員が案内しようとした、その時だった。
「……リシェル様。」
聞き覚えのある、落ち着いた声が聞こえる。
振り返ると、一人の青年が書類を手に歩いてきた。
「エルネスト様。」
リシェルの表情も自然と和らぐ。
エルネストは柔らかく微笑み、一礼した。
「まさか、こちらでお会いするとは思いませんでした。」
「私も驚きました。」
リシェルは、小さく笑う。
「エルネスト様も、お仕事でいらしたのですか。」
「ええ。」
エルネストは、手にした書類へ目を落とした。
「少し確認したいことがありまして、こちらへ立ち寄っておりました。」
その答えに、リシェルは静かに頷く。
エルネストはリシェルの表情を見つめ、穏やかに問い掛けた。
「何か、お困りごとでもございましたか。」
その一言に、リシェルは少し驚いたように目を瞬かせる。
「……分かりますか。」
「ええ。」
エルネストは、柔らかく微笑んだ。
「リシェル様は、考え事をなさる時、ほんの少しだけ視線が遠くなりますので。」
リシェルは思わず、小さく笑う。
「気付かれてしまいましたね。」
「エルネスト様。」
店主が奥から姿を見せる。
「書類の準備が整いました。」
エルネストは頷き、リシェルへ向き直った。
「もしお時間がございましたら、少しお話しいたしませんか。実は私も、リシェル様へご相談したいことがございました。」
リシェルは静かに頷く。
「私も、お話ししたいことがございます。」
「では、こちらへ。」
店主に案内され、二人は応接室へ向かった。
落ち着いた室内には、磨き上げられた木製のテーブルと椅子が並び、窓からは柔らかな陽光が差し込んでいる。
「どうぞ、お掛けください。」
店員がお茶を用意すると、一礼して部屋を後にした。
扉が静かに閉まる。
エルネストは、リシェルへ向き直った。
「先ほど、『お話ししたいことがある』と仰っていましたね。」
リシェルは静かに頷く。
「はい。」
一度言葉を整理するように息を整え、ゆっくりと口を開いた。
「こちらへ来る途中、巡回中の騎士様とお会いしたのです。」
「ほう。」
エルネストは、静かに耳を傾ける。
「少し前の横領事件について、お話しする機会がございました。」
その言葉に、エルネストの表情がわずかに引き締まった。
「それで……。騎士団でも、判断しかねる点がある、と。」
エルネストはティーカップへ静かに視線を落とした。
やがて、小さく息をつく。
「……そうでしたか。」
短い言葉だった。
けれど、その声音には驚きよりも納得が滲んでいた。
「実は。」
ゆっくりと顔を上げる。
「私も、同じ違和感を覚えておりました。」
リシェルは静かに息をのむ。
「エルネスト様も……。」
「ええ。」
エルネストは小さく頷いた。
「帳簿に不自然な点があったわけではございません。証言にも、大きな食い違いはございません。
状況だけを見れば、疑われた人物が犯人だと考えても、不思議ではないでしょう。」
一度言葉を切った。
「ですが。」
静かな声が応接室に響く。
「私は、この件に誰かの作為を感じております。」
リシェルは思わず、目を見開いた。
「作為……ですか。」
「はい。」
エルネストは穏やかな表情を崩さない。
「事件というものは、本来、もっと曖昧なものです。人の証言は食い違うこともございますし、帳簿にも、人の癖や迷いが残ります。ですが、この件は違いました。」
ゆっくりと、リシェルを見る。
「あまりにも綺麗に、一人へ疑いが集まっているのです。」
わずかに言葉を選ぶ。
「まるで――。最初から、その人物を犯人に仕立てるために、道筋が整えられていたかのように。」




