第十話 知らなかった世界
ノアに軽く頷くと、レオンは歩き出した。
「次は、こちらをご案内いたします。」
「はい。」
リシェルは穏やかに微笑み、その後に続く。
訓練場を後にし、石造りの廊下を進む。
窓から差し込む春の日差しが、床を明るく照らしていた。
行き交う騎士たちは、レオンの姿を見つけると足を止め、一斉に敬礼を送る。
「団長。」
「お疲れ様です。」
レオンも一人ひとりへ、軽く頷き返す。
その様子を見つめながら、リシェルは小さく微笑んだ。
「皆様、とても団結していらっしゃるのですね。」
レオンは穏やかに頷く。
「私は団長ですが、一人で騎士団を支えているわけではありません。皆が、それぞれの役目を果たしているからこそ、騎士団は成り立っています。」
リシェルは、感心したように頷いた。
「素敵ですね。私の知る貴族の屋敷とも、どこか似ています。」
レオンは少し興味深そうに、視線を向ける。
「どのようなところが、でしょう。」
「皆が、それぞれの役目を大切にしているところです。家も、騎士団も、一人では成り立ちませんもの。」
レオンは一瞬だけ、目を見開いた。
やがて、ふっと口元を和らげる。
「……私も、同じ考えです。」
訓練場を一通り見終えると、レオンはゆっくりと歩き始めた。
リシェルも、その後に続く。
その途中、レオンは一人の若い騎士の前で足を止めた。
木剣を振るうその姿は、真剣そのものだった。
額には汗が滲み、それでも一太刀一太刀を丁寧に、振り下ろしている。
「ノア。」
穏やかな声に、若い騎士はすぐに動きを止めた。
振り返ると、その表情がぱっと引き締まる。
「団長。」
木剣を収め、真っ直ぐ背筋を伸ばえて敬礼した。
レオンは静かに頷く。
「鍛錬中にすまない。こちらは、アストレア伯爵家のご令嬢だ。」
ノアは、リシェルへ向き直ると、深く一礼した。
「初めまして。ノアと申します。」
リシェルも優雅にカーテシーを返す。
「リシェル・アストレアです。先日は、助けていただき、ありがとうございました。」
ノアは少し慌てたように、首を横へ振る。
「いえ、私は団長の後に続いただけです。ご令嬢をお守りしたのは、団長です。」
レオンは静かにノアへ視線を向ける。
「お前も十分に、役目を果たした。」
短い言葉だった。
ノアは少し驚いたように目を瞬かせ、それから照れくさそうに笑う。
「……ありがとうございます。」
その笑顔を見て、リシェルも自然と微笑んだ。
(レオン様は、ご自分だけの手柄にはなさらないのね。)
部下の働きをきちんと認める。
だからこそ、皆から信頼されているのだと、自然に伝わってきた。
レオンはノアへ、軽く頷く。
「鍛錬を続けてくれ。」
「はい!」
力強い返事が、返ってくる。
その声を背に、レオンは再び歩き始めた。
「次は、こちらをご案内いたします。」
レオンは廊下の奥へ歩みを進める。
「次は、こちらです。」
大きな木の扉を開けると、ふわりと干し草の優しい香りが漂った。
馬たちが穏やかに首を上げ、一斉にこちらを見つめる。
「まあ……。」
リシェルの表情が、自然とほころぶ。
「こちらは、騎士団の馬房です。」
「任務だけでなく、巡回や伝令にも欠かせない、大切な仲間たちです。」
一頭の栗毛の馬が、ゆっくりとリシェルへ近付いてきた。
「……!」
思わず、小さく息を呑む。
レオンは、穏やかに微笑んだ。
「大丈夫です。人懐こい馬ですよ。」
その落ち着いた声に、リシェルはそっと手を伸ばす。
馬は警戒する様子もなく、優しく鼻先を寄せた。
温かな息が、指先をくすぐる。
「ふふ……。」
思わず笑みが零れる。
「とても大人しい子ですね。」
「ええ。」
レオンは、静かに頷いた。
「この馬は、まだ若い頃から私が世話をしておりました。」
「そうなのですか。」
リシェルは、少し驚いたようにレオンを見る。
「団長になられてからも、ですか。」
「時間を見つけては。」
その答えは、あまりにも自然だった。
役職が変わっても、大切にしているものは変わらない。
そんな人柄が、その一言から伝わってくる。
リシェルは、馬のたてがみを優しく撫でた。
「皆様だけでなく、この子たちも騎士団を支えているのですね。」
レオンの表情が、ふっと柔らかくなる。
「ええ。彼らも、大切な仲間です。」




