第九話 騎士たちの日常
応接室の扉が静かに開く。
レオンが一歩先に立ち、リシェルを外へと案内した。
「こちらから、ご案内いたします。」
「よろしくお願いいたします。」
リシェルは穏やかに微笑み、小さく会釈する。
廊下には、規律正しく行き交う騎士たちの姿があった。
その中の若い騎士が、応接室から現れたレオンへ視線を向ける。
「団長。」
思わず、姿勢を正される。
だが、その隣を歩くリシェルの姿に目を見開いた。
「アストレア伯爵家のご令嬢……。」
小さな声だった。
さらに、その視線はレオンへ戻る。
「……今。団長、笑われたか?」
「いや……気のせいじゃないか?」
「でも、さっき応接室でも……。」
小さなざわめきが広がる。
その時だった。
「仕事中だ。」
静かで落ち着いた声が、廊下へ響く。
若い騎士たちは一斉に振り返る。
そこには、副団長が静かに立っていた。
「団長のお客様だ。」
「持ち場へ戻れ。」
「はっ!」
若い騎士たちは、慌てて敬礼し、それぞれの持ち場へ散っていく。
副団長は、レオンへ静かに一礼した。
レオンも小さく頷き返す。
それだけで、十分だった。
リシェルは、そのやり取りに気付くことなく、騎士団本部を興味深そうに見渡していた。
副団長へ軽く頷くと、レオンはリシェルを伴い、その場をあとにした。
長い廊下を抜ける。
窓から差し込む春の日差しが石畳を照らし、その先から乾いた剣戟の音が聞こえてくる。
やがて、一行は訓練場へと辿り着いた。
「まずは、訓練場をご案内いたします。」
「はい。」
リシェルも静かに、その後に続く。
広々とした訓練場では、多くの騎士たちが汗を流していた。
掛け声とともに剣を振るう者。
隊列を組んで駆ける者。
槍の訓練を行う者。
誰一人として気を抜くことなく、それぞれが鍛錬に励んでいる。
「すごい……。」
リシェルは、思わず足を止めた。
「皆様、とても息が合っていらっしゃいますね。」
レオンは訓練場を見渡し、小さく頷く。
「日々の積み重ねです。どれほど才能があっても、一日で強くなることはできません。騎士団は、その積み重ねを大切にしております。」
リシェルは感心したように、微笑んだ。
「とても素敵な、考え方ですね。」
その言葉に、レオンの口元がほんの僅かに和らぐ。
「ありがとうございます。」
その笑みは一瞬だった。
けれど――。
「……まただ。」
訓練中の若い騎士が、小さく呟く。
「団長、また笑われたぞ。」
「今日、二回目じゃないか?」
「いや、三回目だ。」
「見間違いじゃなかったんだ……。」
訓練の手は、止めない。
それでも視線だけは、ちらりとレオンへ向いてしまう。
その様子に、最初に気付いたのはノアだった。
「こら。」
若い騎士たちは、一斉に背筋を伸ばす。
「よそ見をするな。団長がお客様をご案内されているんだ。俺たちは、俺たちの仕事をする。」
「はい!」
掛け声が揃う。
再び、訓練場に剣戟の音が響き始めた。
リシェルは、そのやり取りに気付くことなく、真剣な眼差しで、鍛錬の様子を見つめている。
「皆様、本当に騎士というお仕事に誇りを持っていらっしゃるのですね。」
その言葉に、レオンは静かに頷いた。
「ええ。」
短い返事だった。
けれど、その声には誇らしさが滲んでいた。
若い騎士の一人が、小さく息を呑んだ。
「あの、ご令嬢……。本当に、お綺麗な方だな。」
隣の騎士も思わず、頷く。
「まるで絵画から出てこられたような……。」
その言葉が、聞こえた瞬間だった。
レオンが静かに足を止める。
振り返ることはしない。
ただ、ゆっくりと視線だけを一瞬、若い騎士たちへ向けた。
それだけだった。
「……。」
若い騎士たちは息を呑み、背筋を伸ばす。
「し、失礼いたしました!」
慌てて、頭を下げる。
レオンは何も言わない。
静かに前を向くと、再び歩き始めた。
ノアはその背中を見送り、小さく苦笑する。
(団長……。ご令嬢のことになると、分かりやすすぎます。)
もちろん、その心の声を口にすることはない。
リシェルは何も気付かないまま、訓練場を興味深そうに見つめていた。
「騎士の皆様は、普段からこのような鍛錬を続けていらっしゃるのですね。」
「ええ。」
レオンは穏やかに頷く。
「王都の平和を守るためにも、日々の鍛錬は欠かせません。」
その声音には、騎士としての誇りが静かに滲んでいた。




