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死亡フラグが全部付箋で見えるんですが  作者: 絵宮 芳緒
第一章 未来が見えた日

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第四話 気になる人

帰りの馬車は、来た時と同じ道を静かに進んでいた。


規則正しく響く車輪の音。

時折、石畳の継ぎ目を越えるたび、小さく揺れる車体。


窓の外では、王都の街並みがゆっくりと、流れていく。


露店の呼び声。

子どもたちの笑い声。

焼きたてのパンの香りを乗せた春風。


行きに見た景色と、何一つ変わらない。


それなのに、リシェルの胸の内だけが、落ち着かなかった。


――付箋が、なかった。

あの光景が、何度も脳裏によみがえる。


黒を基調とした騎士服。

陽光を受けて、なお深く見える漆黒の髪。


人々が、自然と道を譲るほどの存在感。


そして、誰の頭上にもあるはずの未来が、あの人にだけ存在しなかった。


「……どうして」


思わず小さく呟く。

もちろん、答える者はいない。


リシェルは無意識に、視線を少しだけ上へ向けた。


【本日 帰宅します】


白い付箋が、静かに浮かんでいる。

当たり前の光景。


父にも、母にも。

マリアにも。

王都で出会った人たちにも。


誰にでも、未来はあった。


だからこそ、あの青年だけが、あまりにも異質だった。


見間違いだった、のだろうか。

そう思って、何度も思い返す。


けれど、答えは変わらない。


一度目も、二度目も。

三度目も。


あの人の頭上には、何もなかった。


リシェルは膝の上で、そっと両手を重ねる。


未来は変わる。

付箋は書き換わる。


それは今日、マリアを見て確かめた。


ならば、「付箋がないこと」にも、意味があるのだろうか。


馬車は、穏やかな揺れを続けたまま、屋敷への道を進んでいく。


けれど、リシェルの心だけは、まだ王都に置き去りのままだった。


馬車が屋敷の門をくぐる頃には、空は茜色へと染まり始めていた。


夕陽を受けた庭木が長い影を落とし、噴水の水音だけが静かに響いている。

馬車が止まると、御者が扉を開いた。


「お帰りなさいませ、お嬢様。」


出迎えたのは、マリアだった。

いつもと変わらない、穏やかな笑顔。


リシェルも、自然と微笑み返す。


「ただいま、マリア。」


その瞬間、視線は無意識に、マリアの頭上へ向かっていた。


【本日 夕食を楽しみにしています】


やっぱりある。

リシェルは、心の中でそっと呟く。


安心したような……それでいて、少しだけ切ない気持ちになった。


「お荷物を、お預かりいたします。」


「ありがとう。」


革手袋を外しながら、屋敷へ入る。


玄関では執事が一礼し、廊下では使用人たちが仕事へ戻っていく。


誰の頭上にも、白い付箋が静かに揺れていた。


もう驚かない。


付箋を見ることは、ほんの一日前まで、非日常だったはずなのに。


今では、人を見るのと同じくらい自然になっている。


それでも、心のどこかでは、あの青年の姿を探してしまう。


付箋がなかった人。

未来が見えなかった人。


リシェルは、小さく首を振った。


「考えすぎね……。」


そう言い聞かせても、胸のざわめきは消えなかった。


誰にでも、未来はある。

その当たり前が、今日だけは信じられなくなっていた。


部屋へ戻ると、夕暮れの光が窓辺を淡く照らしていた。


鏡の前に立ち、白い花の髪飾りへそっと手を添える。


今朝、マリアが嬉しそうに微笑んでいた顔が浮かんだ。


未来は変わる。

書き換わる。

それは、この髪飾りが教えてくれたこと。


けれど、『付箋がない』その事実だけは、どう考えても答えが見つからなかった。


リシェルは静かに髪飾りを外し、小箱へ大切にしまう。


明日になれば、何か分かるだろうか。


そんな小さな期待を胸に抱きながら、窓の外に広がる夕焼けを見つめた。


空はゆっくりと、夜へ色を変えていく。


けれど、リシェルの心には、昼間見た"空白"だけが、いつまでも残り続けていた。


「お嬢様、夕食のお支度が整いました。」


マリアの声に、リシェルは窓辺から振り返った。


「ええ、今行くわ。」


髪を軽く整え、部屋を出る。


廊下には、ランプの明かりが灯り始め、昼間とは違う穏やかな空気が屋敷を包んでいた。


食堂では、父と母がすでに席についている。


「お待たせしました。」


「今日は疲れただろう。」


父が、穏やかに声を掛ける。


「思っていたよりも早く、用事は済みました。」


「商会の者からも、連絡が来ていたよ。無事に受け取ったそうだ。」


「それなら、良かったです。」


リシェルは胸をなで下ろした。

任された役目を、無事に果たせたことが、素直に嬉しかった。


料理が運ばれ、穏やかな夕食が始まる。


母は庭に咲いた白薔薇の話をし、父は今年の収穫について語る。


何気ない会話が続く。


リシェルも笑顔で相槌を打ちながら、ふと視線を上げた。


父の頭上には、【明日 来客を迎えます】

白い付箋が、静かに揺れている。


(来客……。)


内容までは、分からない。

けれど、それほど珍しいことでもない。


父の仕事柄、客人が訪れることはよくある。


食後のお茶を口にした頃、父が思い出したように、口を開いた。


「そうそう。明日は王宮から、客人が来る予定なんだ。」


「王宮からですか?」


「ああ。書類の件で、相談があってね。」


父は紅茶を一口飲み、穏やかに続ける。


「エルネスト・ルヴァン殿という文官を知っているかな。」


リシェルは小さく首を横に振った。


「いいえ、お会いしたことはありません。」


「物腰の柔らかな方だよ。若い頃から、何度か仕事をご一緒しているが、とても誠実な方だ。」


母も微笑みながら頷く。


「お話ししやすい方だから、きっとリシェルとも気が合うと思うわ。」


エルネスト・ルヴァン。

初めて聞く名前だった。


リシェルは、その名前を胸の中で静かに繰り返す。


明日。

また、新しい未来と出会うのだろうか。


そんなことを思いながら、窓の外に広がる夜空を見上げた。


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