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死亡フラグが全部付箋で見えるんですが  作者: 絵宮 芳緒
第四章 結ばれ始める縁

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第五話 最後の約束

春風が、白薔薇を優しく揺らしていた。


庭園の中央に建つ東屋。


穏やかな陽射しが降り注ぎ、噴水の水音が静かに響いている。


何も変わらない景色。

それでも、この場所は再び、一つの別れを迎えようとしていた。


東屋には、一人の青年が立っている。

セドリック・ランベール。

その表情は静かだった。


いつもの穏やかな笑みはない。

ただ、春風に揺れる白薔薇を見つめながら、誰かを待っていた。


やがて、石畳を歩く足音が近付いてくる。


「セドリック様。」


弾むような声だった。


淡い桃色のドレスをまとったミレーユが、小さく手を振りながら東屋へ歩いてくる。


その笑顔を見た瞬間。

セドリックの胸が、小さく痛んだ。


ミレーユは東屋へ足を踏み入れると、嬉しそうに微笑んだ。


「お待たせして、しまいましたか。」


「いや、私も今来たところだ。」


穏やかな返事。

けれど、その声にはどこか力がなかった。


ミレーユは気付かないまま、小さく胸をなで下ろす。


「よかった。」


そう言って、向かいの席へ腰を下ろした。


春風が吹き抜ける。

白薔薇の花びらが一枚、テーブルの上へ舞い降りた。


「今日は暖かいですね。」


「ああ。」


「この庭園へ来ると、不思議と心が落ち着きます。」


ミレーユは、嬉しそうに庭園を見渡す。


「また来年も、この白薔薇が見られたら素敵ですね。」


その一言に、セドリックは静かに目を伏せた。


来年。

その未来は、もう訪れない。


「……ミレーユ。」


ゆっくりと、名を呼ぶ。

その声音に、ミレーユの笑顔が少しだけ曇った。


「はい。」


セドリックは、膝の上で静かに拳を握る。


何度も考えた。

何度も言葉を選んだ。

それでも、伝えなければならない。


「今日は……君に話さなければならないことがある。」


その一言に、ミレーユは小さく首を傾げた。


「そんなに改まって……どうなさったのですか。」


不思議そうな笑顔。

その笑顔を見るたびに、胸が締め付けられる。


セドリックは、静かに息を吸った。


「まず、謝らなければならない。」


「え……?」


笑みが、少しずつ消えていく。


「私は……君との約束を、守ることができなくなった。」


春風が、二人の間を静かに吹き抜けた。


ミレーユは、意味が分からないというように瞬きを繰り返す。


「約束……ですか?」


「ああ。」


セドリックは静かに頷く。


「君と共に、歩んでいきたいと伝えた。その気持ちに、偽りはなかった。今も、それは変わらない。」


ミレーユの瞳に、わずかな涙が滲み始める。


「でしたら、どうして……。」


震える声だった。


ミレーユは信じられないというように、セドリックを見つめる。


セドリックは、その視線を受け止めたまま静かに口を開いた。


「父から、新たな役目を命じられた。」


ミレーユは、小さく息を呑む。


「役目……。」


「侯爵家を守るためだ。」


短い言葉だった。

それだけで、ミレーユの胸に嫌な予感が広がっていく。


「私は……。」


セドリックは、一度言葉を切り、小さく息を吐いた。


「婿入りする。」


その一言に、時が止まったようだった。


「……え?」


ミレーユの唇から、小さな声が零れる。

聞き間違いだと、そう思いたかった。


「それは……どういう……。」


セドリックは、静かに首を横へ振る。


「婚姻の相手は、すでに決まっている。」


その声に、迷いはない。

それが、家を守るために自ら選んだ覚悟だからだった。


ミレーユは、力なく首を振る。


「そんな……。そんなこと、急に……。」


声が震える。

目には、少しずつ涙が浮かび始めていた。


「そんな……。」


ミレーユは、小さく首を振った。


信じられない。

そんな思いだけが、胸の中で渦を巻く。


「侯爵家を守るため……。」


セドリックは、静かに頷く。


「婚約解消によって、多くのものを失った。それは私自身の責任だ。だから、その責任は私が負わなければならない。」


言い訳は、しなかった。

誰かのせいにも、運命のせいにも。


ただ、自らの選択だったと受け止めていた。


ミレーユの瞳から、一粒の涙が零れ落ちる。


「私は……。」


声にならない。


あの日。

真実の愛を信じて、二人で未来を歩いていこうと誓った。


その未来が、こんなにもあっけなく終わってしまうなんて。


「私では……。」


震える唇で、ようやく言葉を紡ぐ。


「私では、力になれなかったのですね。」


その一言に、セドリックは静かに目を見開いた。


「違う。」


すぐに否定する。


「君は何も悪くない。悪いのは、私だ。」


ミレーユは涙を拭うことも忘れ、ただ首を横へ振った。


「でも……。もし、私と出会わなければ……。もし、私を好きにならなければ……。」


その言葉を、セドリックは静かに遮る。


「それでも。」


真っ直ぐに、ミレーユを見つめる。


「あの日、君と出会えたことを後悔したことは一度もない。」


春風が吹き抜ける。

白薔薇の花びらが、二人の間へ静かに舞い落ちた。


ミレーユは俯いたまま、小さく肩を震わせる。


やがて、何度も涙を拭い、ゆっくりと顔を上げた。

瞳は赤く腫れていた。


それでも、精一杯微笑もうとしている。


「……分かりました。」


その笑顔は、痛々しいほど儚かった。


「家を守ることも、貴族として大切な務めなのですね。」


セドリックは、静かに頷く。


「本当に、ごめん。」


その謝罪に、ミレーユはゆっくりと首を横へ振った。


「謝らないでください。」


少しだけ間を置き、涙声のまま続ける。


「謝られたら……私まで、あなたを責めてしまいそうです。」


その言葉に、セドリックは何も返せなかった。


長い沈黙が流れる。

噴水の水音だけが、静かな庭園へ響いていた。


やがてミレーユは、小さくカーテシーをする。


「……お元気で。」


精一杯の、別れの言葉だった。

セドリックも深く一礼する。


「君も。」


それ以上、言葉は続かなかった。


ミレーユは踵を返し、ゆっくりと東屋を後にする。


涙を見せないよう、一度も振り返ることなく。

セドリックもまた、反対の道へ歩き出した。


最後まで振り返ることはなかった。


春風が、白薔薇の花びらを静かに舞い上げる。

東屋には、もう誰もいない。


ただ、二人が交わした最後の約束だけが、静かに春の空へ溶けていった。

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