第四話 果たすべき責任
翌日――。
ランベール侯爵家の書斎。
静かな室内には、紙をめくる音だけが響いていた。
執務机へ向かう侯爵の前には、一人の青年が立っている。
セドリックだった。
侯爵は、一枚の書類から視線を上げる。
「考えは、まとまったか。」
静かな問い掛け。
セドリックは小さく息を吸い、まっすぐ父を見つめ返した。
「……はい。」
その声に、迷いはなかった。
侯爵は、何も急かさない。
ただ、息子の言葉を待つ。
「私は、家のために役目を果たします。」
静かな決意だった。
侯爵は、しばらく息子を見つめていた。
やがて、小さく頷く。
「そうか。」
短い一言。
だが、その声音には、父としての安堵と、当主としての覚悟が滲んでいた。
侯爵は机の上に置かれた書類を、静かに息子の前へ差し出した。
「相手は、シュタイン伯爵家だ。」
セドリックは、書類へ視線を落とす。
その名には、覚えがあった。
王都でも、古くから続く名家。
しかし数年前、伯爵が病で亡くなり、今は夫人が家を守っていると聞いている。
侯爵は、静かに続けた。
「後継者はおられない。家名を絶やさぬため、婿を迎えたいとの申し出があった。」
セドリックは、黙って耳を傾ける。
侯爵は息子の様子を見つめながら、言葉を続けた。
「先方も、家を守るための決断だ。」
「そして我が家もまた、このままでは立ち行かぬ。」
静かな書斎に、時計の針が進む音だけが響く。
「互いの家を守るための婚姻。それが、お前に託す役目だ。」
セドリックは書類へ視線を落としたまま、小さく目を閉じた。
胸に浮かぶのは、一人の少女の笑顔。
春の日差しの中で、嬉しそうに微笑んでいたミレーユ。
「……ミレーユ。」
かすかに、その名を呼ぶ。
けれど、返事はない。
(……すまない。)
その言葉が、声になることはなかった。
やがて、静かに顔を上げる。
「承知いたしました。」
その声は静かだった。
だが、もう迷いはなかった。




