第一話 課せられた役目
セドリックは静かに父を見つめていた。
書斎には重苦しい沈黙が流れている。
先ほどまで聞かされていた現実は、どれも想像を超えるものだった。
共同事業の中止。
出資の見直し。
契約の再協議。
婚約解消は、一人の令嬢との別れだけでは終わらなかった。
家と家が長い年月をかけて築いてきた、信頼まで失わせていたのだ。
侯爵は、息子をまっすぐ見つめる。
「セドリック。」
静かな声が、書斎に響く。
「お前は、ランベール侯爵家の次男だ。本来であれば、お前は家督を継ぐ立場ではない。」
セドリックは、小さく頷いた。
それは幼い頃から、理解していたことだった。
侯爵は一度、言葉を切る。
そして、ゆっくりと続けた。
「だからこそ、お前には家のために果たすべき役目がある。」
その一言に、セドリックの表情がわずかに強張る。
セドリックは、父の言葉を静かに待った。
侯爵は窓の外へ、視線を向ける。
春の陽射しは穏やかなのに、その横顔だけはどこか厳しかった。
「貴族には、それぞれ果たすべき役目がある。家督を継ぐ者。領地を守る者。王家へ仕える者。そして、婚姻によって家と家を結ぶ者。」
静かな声が、書斎に響く。
「お前の婚約も、その一つだった。」
セドリックは、ゆっくりと拳を握り締める。
その意味は、今なら理解できる。
「私は、お前の気持ちを尊重した。だから、婚約解消を認めた。」
侯爵は振り返り、まっすぐ息子を見つめた。
「だが、その結果として失われたものまで、なかったことにはできない。」
その言葉は、責めるものではなかった。
ただ、貴族としての現実を告げているだけだった。
書斎には、再び静かな沈黙が流れる。
やがて侯爵は、小さく息を吐いた。
「セドリック。家は、お前にも新たな役目を託すことになる。」
セドリックは、静かに息を呑んだ。
「……新たな役目、ですか。」
侯爵は小さく頷く。
「すでに、いくつか縁談の話が届いている。」
「縁談……。」
思わず漏れたその一言は、自分でも驚くほど小さかった。
侯爵は執務机の引き出しから、一通の書類を取り出す。
「いずれも、家を継ぐ者を失った家。あるいは、後継者を必要としている家だ。」
セドリックは、書類へ視線を落とした。
そこには、伯爵家や子爵家の名が並んでいる。
「……婿養子。」
思わず零れた呟きに、侯爵は静かに頷いた。
「そうだ。お前には、いずれ婿として家を支えてもらうことになる。それが、ランベール侯爵家の次男として生まれた、お前の役目だ。」
書斎に、長い沈黙が流れた。
セドリックは、書類から目を離せない。
そこへ並ぶ家名を見つめながら、ゆっくりと息を吐く。
自分が望んだ未来。
自分が選んだ道。
その代償が、今ようやく形となって、目の前へ差し出されていた。
侯爵は静かに、息子を見つめる。
「すぐに、返事を求めるつもりはない。だが、よく考えなさい。お前一人の人生ではない。家を背負うということは、そういうことだ。」
セドリックは、静かに目を閉じた。
しばらくして、小さく頷く。
「……承知しました。」
その声は、これまでになく重かった。
侯爵は何も言わない。
ただ、静かに頷くだけだった。
春風が、窓辺のカーテンを優しく揺らす。
その穏やかな景色とは裏腹に、セドリックの未来は、大きく動き始めようとしていた。




