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死亡フラグが全部付箋で見えるんですが  作者: 絵宮 芳緒
第三章 忍び寄る影

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第十一話 静かなる綻び

子爵邸の朝は、穏やかだった。


窓から差し込む柔らかな陽射しが、食堂を優しく照らしている。


「ミレーユ。」


子爵夫人が紅茶を口にしながら、穏やかに娘を見つめた。


「昨日、ランベール侯爵家からお手紙が届いたの。」


「まあ。」


ミレーユは、嬉しそうに目を輝かせる。


「侯爵夫人が、あなたをお茶に招待したいそうよ。」


その言葉に、思わず口元がほころぶ。


あの日から、数日。

慌ただしかった日々も少しずつ落ち着き、ミレーユもようやく、胸を撫で下ろしていた。


「侯爵夫人から……。」


嬉しさと緊張が入り混じったように、小さく胸へ手を当てる。

母も優しく微笑んだ。


「ええ。」


「侯爵夫人も、あなたを迎える準備を進めたいのでしょう。失礼のないよう、しっかり準備をなさい。」


「はい、お母様。」


素直に頷くミレーユの表情には、不安よりも期待の方が大きかった。


自分が信じた未来は、きっと間違っていない。

そう、疑うことなく信じていた。



ミレーユは、胸の奥に小さな期待を抱きながら、紅茶へ視線を落とした。


侯爵夫人からのお茶の誘い。

それは、自分を未来の家族として受け入れてもらえる第一歩なのかもしれない。

そう思うと、自然と頬が緩んだ。


「どんな、お話をされるのかしら……。」


思わず零れた呟きに、母は優しく微笑む。


「緊張する必要は、ありませんよ。あなたらしく振る舞えば、それで十分です。」


「はい。」


素直に頷いた、その時だった。

コンコン、と控えめなノックが響く。


「旦那様より、お嬢様へお話がございます。」


執事の声だった。


「お父様が?」


ミレーユは、不思議そうに首を傾げる。


「はい。」


「お時間がよろしければ、応接室へお越しくださいとのことです。」


「分かりました。」




「お父様。」


応接室の扉を開けると、子爵は窓辺に立ち、庭へ視線を向けていた。

娘の気配に気付くと、穏やかに振り返る。


「来たか、ミレーユ。」


「お呼びと伺いました。」


「座りなさい。」


向かい合って腰を下ろすと、使用人が静かに紅茶を置き、一礼して部屋を出ていく。


二人だけになったことを確認すると、子爵は静かに口を開いた。


「侯爵夫人から、お茶へ招かれたそうだな。」


「はい。」


ミレーユは、嬉しそうに頷く。


「とても、光栄に思っております。」


子爵も小さく頷いた。


「それは、喜ばしいことだ。だが、浮かれてはいけない。」


その一言に、ミレーユは姿勢を正す。


「ランベール侯爵家は、婚約破棄によって、少なからず影響を受けているはずだ。アストレア伯爵家は、それほどまでに、大きな信頼を築いてきた家だからな。」


ミレーユは、少し驚いたように父を見つめる。


「そんなにも……ですか。」


「ああ。」


子爵は、静かに頷く。


「私のような子爵家でさえ、その名の重みはよく知っている。だからこそ、お前は侯爵家の事情にも、心を配らねばならない。決して、自分だけの幸せに目を向けてはならん。」


ミレーユは、その言葉を胸に刻むように、小さく頷いた。


「……はい、お父様。」


子爵は娘の返事を聞くと、表情を少しだけ和らげた。


「お前は、優しい子だ。その優しさを、どうか忘れずにいなさい。」


「はい。」






ランベール侯爵邸。

重厚な執務室には、静かな空気が流れていた。


机の上には、積み重ねられた書類。

契約書。

商会からの書簡。


そして、見慣れぬ封蝋が押された手紙が、いくつも並んでいる。


侯爵は一枚ずつ目を通し、小さく息を吐いた。


「旦那様。」


執事が、静かに頭を下げる。


「王都の商会より、新たな書状が届いております。」


侯爵は無言で受け取り、封を切る。

目を通したその表情が、わずかに曇った。


「……こちらも、か。」


短い呟きだった。

執事は、静かに尋ねる。


「芳しい内容では、ございませんか。」


侯爵は、書状を閉じる。


「共同事業の延期だ。理由は、書かれておらん。だが、理由など書かずとも分かる。」


執事は、何も言わない。

侯爵は窓の外へ、視線を向けた。


「アストレア伯爵家との婚約。我々が思っていた以上に、大きな意味を持っていたようだ。」


静かな声だった。

責めるでもなく、怒るでもない。

ただ、現実を受け止める声だった。

 

セドリックは書斎へ向かう廊下を歩いていた。

屋敷の中は静かなはずなのに、どこか落ち着かない。


使用人たちも、必要以上に言葉を交わさず、足早に持ち場へ向かっている。


婚約破棄のあとから、そんな光景が増えたような気がしていた。


(気のせい……だろうか。)


ふと、足を止める。

書斎の扉が、わずかに開いていた。

中から、父と執事の声が聞こえてくる。


「これ以上の出資取り下げは、避けたいところですが……。」


執事の低い声。

侯爵は、静かに答えた。


「先方も商いだ。利益にならぬと判断すれば、離れるのは当然だ。」


「ですが、このままでは……。」


しばらく、沈黙が流れる。

やがて侯爵は、小さく息を吐いた。


「……これ以上は、我が家だけでは支え切れん。」


その一言に、セドリックは思わず息を呑んだ。


支え切れない――。

父の口から、そんな言葉を聞いたのは、初めてだった。


胸の奥に、小さな不安が広がっていく。

だが、その不安が何を意味するのかまでは、まだ理解できていなかった。

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