第五話 騎士団長の休日
王都騎士団本部。
午前の訓練を終えた騎士たちは、それぞれ思い思いに、休息を取っていた。
「団長。今日はこの後、非番でしたね。」
副団長が書類を差し出しながら、声を掛ける。
騎士団長レオン・ヴァルフォードは、それを受け取り、内容へ軽く目を通した。
「ああ。」
短く返事をし、最後の署名を書き入れる。
机の上に、朝から積み上がっていた書類はもう残っていない。
「珍しく、ゆっくりできますね。」
「……そうだな。」
とは言ったものの、王都へ出れば周囲を見てしまうのは、職業柄の癖だった。
休みだからといって、完全に気を抜くことはできない。
それが、騎士団長という立場だった。
副団長は苦笑する。
「今日は、仕事のことは忘れてください。」
「難しい話だ。」
レオンもわずかに、口元を緩めた。
その表情に、副団長は少し驚く。
普段の団長なら、ここまで柔らかな表情を見せることは珍しい。
「では、お気をつけて。」
「ああ。」
騎士団本部を出ると、夏の日差しが、石畳を照らしていた。
王都の街は、今日も多くの人で賑わっている。
市場へ向かう人。
子どもの手を引く夫婦。
荷車を押す商人。
どこにでもある、穏やかな休日の光景だった。
レオンは、人の流れに合わせながら中央通りへと足を向ける。
休日だからこそ見える、王都の表情もある。
騎士団長として。
そして、一人の王国民として。
そう思いながら、歩き始めた。
レオンは、中央通りをゆっくりと歩いていた。
休日とはいえ、人々の表情を目で追う癖は抜けない。
露店の店主が、威勢よく声を張り上げる。
子どもたちが笑いながら、駆け抜ける。
荷馬車が一定の速度で石畳を進み、商人たちが品物の値段を交渉している。
どれも王都では、見慣れた日常の風景だった。
「団長!」
後ろから、聞き慣れた声が飛ぶ。
振り返ると、若い騎士が大きく手を振っていた。
「今日はお休みですよね?」
「ああ。」
「それなら安心しました! また、書類を抱えているのかと思いましたよ。」
レオンは思わず苦笑する。
「休日まで、仕事を持ち帰るつもりはない。」
「そうしてください。副団長も安心します。」
若い騎士は笑顔で敬礼すると、そのまま巡回へ戻っていった。
その姿を見送りながら、レオンはふと空を見上げる。
雲ひとつない青空。
穏やかな風。
――悪くない休日だ。
そう思った、その時だった。
「次は、書店ですね。」
ラフィーネをあとにした、リシェルとマリアは、楽しげに中央通りを歩いていた。
白い箱は、マリアが大切そうに抱えている。
「お嬢様、こちらは私が大切にお預かりします。」
「ありがとう。」
リシェルは、自然と髪へ触れた。
先ほど選んでもらった髪飾りは、そのまま身につけている。
鏡で見た時よりも、外の光を受けた方が、ずっと綺麗に見えた。
「本当に、お似合いです。」
マリアが、満足そうに微笑む。
「そう言ってもらえると、少し照れてしまうわ。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
穏やかな午後。
誰も、このあと起こる出来事を知る者はいなかった。
レオンは歩みを止めることなく、人の流れへ静かに目を向けた。
休日の喧騒は変わらない。
笑い声も、商人の呼び込みも、馬車の音も、いつも通りだった。
だからこそ、幾度となく危険を潜り抜けてきた経験が告げる、ほんのわずかな違和感だけが際立つ。
――気のせいなら、それでいい。
そう思いながらも、騎士団長として、危険を察知してきた勘が、小さく警鐘を鳴らしていた。




