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死亡フラグが全部付箋で見えるんですが  作者: 絵宮 芳緒
第一章 未来が見えた日

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第ニ話 信じるには早すぎる

「……え?」


かすかに漏れた声は、自分でも驚くほど小さかった。


春の陽射しが庭園をやわらかく照らしている。


色鮮やかな花々は風に揺れ、噴水からは絶え間なく水音が響いていた。


穏やかな昼下がり。

何一つ変わらない景色。


それなのに、リシェルの世界だけが昨日とは違って見えていた。


「どうした、リシェル?」


心配そうな声に顔を上げる。

セドリックは、不思議そうにこちらを見つめていた。


幼い頃から見慣れた優しい眼差し。


整った顔立ちに浮かぶ柔らかな笑みも、どこか安心させてくれる穏やかな雰囲気も、いつもと変わらない。


だからこそ、信じられなかった。

彼の頭上には、一枚の白い付箋が静かに浮かんでいる。


風が吹いても揺れるだけで、落ちることはない。

まるで、そこにあるのが当然だと言わんばかりに。


【7日後 婚約破棄します】


その文字を目にするたび、胸の奥がゆっくりと冷えていく。



七日後。

あと七日で――

この人は、私との婚約を破棄する。


そんな未来が、本当に訪れるのだろうか。


「い、いえ……何でもありません」


慌てて微笑む。

けれど、自分でもぎこちない笑顔だと分かった。


セドリックはそんな様子を見逃さず、小さく眉を寄せる。


「顔色が優れないようだ。何かあったのか?」


責めるような響きはまったくない。

純粋に、案じてくれている声だった。

だから、余計に苦しい。


この人が自分を傷つける未来など、どうしても想像できなかった。


「少し寝不足なだけです」


ようやくそれだけを口にする。

嘘ではない。


昨夜は付箋のことが気になり、なかなか眠れなかったのだから。


「そうか」


セドリックは、ほっとしたように表情を和らげた。


「今日は新しく仕入れた紅茶があるんだ。一緒に飲まないか」


「……はい」


二人は並んで庭園の奥にある東屋へ向かう。

石畳を踏む足音が静かに重なる。


春風がリシェルの蜂蜜色の髪をやさしく揺らし、そのたびに甘い花の香りが鼻先をくすぐった。


隣を歩くセドリックは、王都で流行している劇の話をしている。


きっと普段なら、リシェルも楽しそうに相槌を打っていただろう。


けれど今日は、言葉が耳を通り過ぎていくだけだった。

視線は、何度も彼の頭上へ向かってしまう。


白い付箋。


そこに書かれた未来だけが、この穏やかな時間に溶け込まず、異物のように浮かんで見えた。


未来なんて、信じるには早すぎる。

そう、何度も心の中で繰り返す。


それでも、昨日見た光景が脳裏を離れない。


若い使用人の告白。

付箋が書き換わった瞬間、あれは偶然では説明できなかった。


だからこそ、目の前の付箋も否定しきれない。

そんな自分が、何より怖かった。

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