第十一話 発覚の時
翌日。
窓から差し込む朝の光は、穏やかだった。
昨日と何ひとつ、変わらない朝。
それなのに、リシェルの胸は落ち着かなかった。
(今日……。)
静かに、息を吐く。
頭に浮かぶのは、あの付箋だけ。
【今日 横領が発覚します】
朝食を終え、支度を整える。
鏡に映る自分の表情は、思っていたより冷静だった。
不安はある。
けれど、逃げるつもりはない。
未来から、目を逸らさない。
そう決めたのだから。
「お嬢様、馬車の準備が整いました。」
「ありがとう。」
リシェルは、マリアとともに屋敷を後にした。
今日も王都は、多くの人で賑わっている。
市場では商人たちが威勢よく声を張り上げ、人々は思い思いに買い物を楽しんでいた。
そんな中、リシェルは自然と視線を巡らせる。
そして――。
(いた。)
昨日までと、変わらぬ姿。
例の男性は、いつもと同じように役所へ向かって歩いていた。
身なりも整っている。
慌てた様子もない。
頭上には、静かに付箋が浮かんでいた。
【今日 横領が発覚します】
その文字は、昨日と変わらない。
リシェルは、無意識に息を詰めた。
(本当に……今日なのね。)
リシェルは思わず足を止めた。
男性は、役所の入口まであと数歩というところで、歩みを緩める。
その時だった。
役所の重厚な扉が、静かに開く。
中から数名の文官が、姿を現した。
皆、一様に落ち着いた表情をしている。
その後ろには、数名の騎士。
そして最後に、一人の騎士がゆっくりと、姿を見せた。
王国騎士団長、レオン・ヴァルフォード。
昨日と変わらぬ凛とした佇ままいで、周囲へ視線を巡らせる。
文官の一人が書状を手に、迷いのない足取りで通りを横切った。
向かった先は――。
あの男性だった。
「失礼いたします。」
穏やかな声が響く。
突然声を掛けられた男性は、不思議そうに振り返った。
「はい。」
「お名前を確認させていただきます。」
男性は素直に名乗る。
文官は書状へ目を落とし、小さく頷いた。
「間違いございません。」
その一言で、後ろに控えていた騎士たちが静かに歩み出る。
威圧するわけではない。
しかし、自然と男性を囲む位置へ立った。
周囲の人々も、異変に気付き始める。
「何だろう……。」
「誰か捕まるのか?」
小さなざわめきが、広がる。
男性は戸惑ったように、文官を見つめた。
「あの……何かございましたでしょうか。」
文官は丁寧に一礼する。
「お話を伺いたい件が、ございます。
恐れ入りますが、王都会計局まで、ご同行いただけますでしょうか。」
男性は目を見開いた。
「私が……ですか?」
「はい。」
短い返答。
その静けさが、かえって事の重大さを物語っていた。
少し離れた場所から、その一部始終を見つめていたリシェルは、小さく息を呑む。
(……発覚した。)
付箋に書かれていた未来が、今、現実になろうとしていた。
文官の言葉を聞いた男性は、一瞬だけ目を伏せた。
やがて、小さく息をつく。
「……分かりました。」
それだけだった。
取り乱すこともない。
言い訳をすることもない。
静かに一歩を踏み出す。
騎士たちは、その歩調に合わせるように、周囲を固めた。
誰一人、男性の腕を掴もうとはしない。
逃げる素振りがないことを知っているかのように。
その様子に、周囲から戸惑いの声が漏れる。
「何があったんだ……。」
「まさか、あの人が?」
男性は振り返らない。
ただ静かに、役所へ向かって歩き続けた。
ふっと、文字が揺らぐ。
【今日 横領が発覚します】
その文字が静かに消え、新しい文字が浮かび上がる。
【真犯人を庇います】
「……!」
リシェルは、思わず目を見開いた。
(庇う……?)
その人は、自ら望んで歩いていた。
そういうことだったの……。




