第七話 消えない付箋
王都へ向かう馬車は、朝の陽射しを浴びながら、ゆっくりと石畳を進んでいた。
窓の外には、開店準備を始める店々や、忙しそうに行き交う人々の姿が見える。
昨日と変わらない景色。
それでも、リシェルの見方は少しだけ変わっていた。
付箋は未来を示す。
けれど、それは未来のすべてではない。
そこへ至る理由も、過程も、何一つ教えてはくれない。
だからこそ――。
(見極めなければ。)
リシェルは、静かに拳を握る。
「お嬢様。」
護衛の声が届く。
「まもなく、到着いたします。」
「ありがとう。」
馬車はゆっくりと速度を落とし、王都の中央通りへ到着した。
護衛が扉を開く。
「足元にお気を付けください。」
「ええ。」
リシェルは静かに馬車を降りた。
朝の王都は活気に満ちている。
商人たちの威勢の良い声。
焼きたてのパンの香り。
人々の笑顔。
その中を歩きながら、リシェルは自然と、人々の頭上へ視線を向けた。
白い付箋が、あちらにも、こちらにも浮かんでいる。
【本日 商談がまとまります】
【夕方 妹と仲直りします】
【五日後 試験に合格します】
穏やかな未来。
何気ない幸せ。
そんな付箋を見ていると、不思議と心が落ち着いてくる。
昨日見た、あの一枚だけが特別だったのだろうか。
そう思い始めた、その時――。
リシェルの足が止まった。
「……。」
人混みの向こうに、見覚えのある後ろ姿が視界へ映る。
思わず息をのむ。
あの男性だった。
昨日、横領の付箋が見えた人物。
頭上には、今日も白い付箋が静かに揺れている。
リシェルは無意識に、その文字を見つめた。
リシェルは、思わず立ち止まった。
昨日、確かに見た男性だった。
年の頃は三十代半ば。
質素ではあるが、清潔な身なり。
手には革の鞄を抱え、何事もないように通りを歩いている。
護衛が一歩前へ出る。
「お嬢様?」
その声に、リシェルは我に返った。
「……いいえ。」
小さく首を振る。
そして、もう一度だけ男性の頭上へ視線を向けた。
白い付箋が、静かに揺れている。
【二日後 横領が発覚します】
「……。」
リシェルは息をのんだ。
昨日は、【三日後 横領が発覚します】だった。
一日が過ぎた今、未来もまた、一日近づいている。
(やっぱり……。)
付箋は消えていない。
未来は、確かにそこへ向かって進んでいる。
男性は変わらず、歩き続けている。
笑顔でもなければ、不安そうな様子もない。
ごく普通の一人の男性。
二日後に人生が大きく変わるとは、とても思えなかった。
(本当に、この方が……。)
胸が締め付けられる。
けれど、昨日と同じように自分へ言い聞かせた。
(決めつけてはいけない。)
(付箋は、結果しか教えてくれない。)
横領をした人なのか、誰かに罪を着せられる人なのか。
あるいは、事件を目撃するだけなのか。
何一つ分からない。
分かるのはただ一つ。
二日後、この方の身に何かが起きる。
その事実だけだった。
リシェルは、静かに拳を握る。
昨日までなら、きっと目を逸らしていた。
けれど今は違う。
未来から、逃げたくはなかった。
男性は人混みの中へと歩いていく。
その後ろ姿を見送りながら、リシェルは小さく息をついた。
(まずは……。)
(あの方のことを知らなくては。)
名前も、仕事も。
何も知らないままでは、未来を見極めることはできない。
エルネストの言葉が、胸によみがえる。
――まずは、事実を見極めること。
リシェルは、静かに顔を上げた。
その瞳には、昨日までにはなかった確かな意志が宿っている。
「行きましょう。」
「はい、お嬢様。」
護衛とともに歩き出す。
その一歩は、昨日よりも迷いがなかった。




