第六話 見つめる未来
身支度を整えたリシェルは、マリアとともに食堂へ向かっていた。
朝の陽射しが大きな窓から差し込み、長い廊下を柔らかく照らしている。
「旦那様は、すでに食堂でお待ちでございます。」
「そう。」
リシェルは小さく頷いた。
今日も王都へ行く。
昨日、そう決めた気持ちは変わっていない。
食堂の扉の前で、マリアが静かに足を止める。
控えめに扉を叩くと、中から穏やかな声が返ってきた。
「入りなさい。」
マリアが扉を開け、一礼する。
「お嬢様がお見えです。」
リシェルは一歩前へ進み、父へ穏やかな笑みを向けた。
「おはようございます、お父様。」
ラディア伯爵は新聞を畳み、優しく目を細める。
「おはよう、リシェル。」
「昨夜はよく眠れたかい。」
「はい。おかげさまで。」
父は娘の表情を静かに見つめ、小さく微笑んだ。
「昨日とは、ずいぶん顔つきが違う。」
その言葉に、リシェルは少しだけ驚いたように目を瞬く。
「そう……でしょうか。」
「ああ。」
ラディア伯爵は穏やかに頷いた。
「迷いが、少し晴れたように見える。」
リシェルは、思わず小さく笑った。
「お父様には、隠せませんね。」
「父親だからね。」
その一言に、食堂の空気が少しだけ和らぐ。
使用人たちが朝食を運び始めると、二人は静かに席へ着いた。
温かなスープの香りが、食堂いっぱいに広がる。
しばらくは、穏やかな時間が流れた。
やがて、リシェルはナイフとフォークを静かに置く。
「お父様。」
「……何かな。」
「今日も、王都へ行きたいのですが……。」
父は驚く様子もなく、娘を見つめる。
「理由を聞いてもいいかな。」
リシェルは、一瞬だけ言葉を探した。
昨日のように、相談をするためではない。
けれど、付箋のことは話せない。
「昨日、王都を歩いていて……。」
「いろいろな方々を見ているうちに、もっと知りたいと思ったのです。知らないことが、まだたくさんあるのだと感じました。」
ラディア伯爵は、黙って娘の話を聞いていた。
その表情は穏やかで、続きを促すようでもあった。
伯爵は黙って、娘の話を聞いていた。
その表情は穏やかで、続きを促すようでもあった。
リシェルは、静かに息を吸い込む。
「昨日までは、ただ見えているだけでした。ですが……。」
少し言葉を探し、ゆっくりと続ける。
「見えているだけでは、駄目なのだと、思ったのです。」
父は、何も言わない。
娘が自分の言葉で、話すのを待っている。
「知らないまま、決めつけることも。何も知らずに、目を背けることも。どちらも、違う気がして……。」
リシェルは、父を真っ直ぐ見つめた。
「もっと、多くのことを知りたいのです。人のことも、王都のことも。」
「その上で、自分がどうするべきかを考えたいと思いました。」
食堂は静まり返っていた。
給仕をしていた使用人たちも、主人と令嬢の会話を邪魔しないよう、静かに控えている。
やがて、伯爵は穏やかに微笑んだ。
「リシェル。」
「はい。」
「昨日の王都で、お前は何か大切なものを見つけてきたようだね。」
その言葉に、リシェルは少しだけ目を見開く。
父は、詳しくは尋ねない。
それでも、何かがあったことだけは分かっているのだ。
「……はい。」
小さく頷くと、伯爵も静かに頷き返した。
「それなら、止める理由はない。」
リシェルの表情が、ぱっと明るくなる。
「ただし……。」
その一言で、再び背筋を伸ばした。
「一人で抱え込まないこと。困ったことがあれば、私でも、マリアでも、信頼できる者へ相談しなさい。」
「昨日、お前はその一歩を踏み出せたのだろう?」
リシェルは、思わず微笑んだ。
エルネストへ相談したことは、話していない。
それでも父には、不思議と見抜かれている気がした。
「はい。」
その返事は、昨日よりも少しだけ力強かった。
伯爵は、満足そうに頷く。
「では、今日も護衛を付けよう。気を付けて行っておいで。」
「ありがとうございます、お父様。」
リシェルは、嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を見た伯爵もまた、安堵したように紅茶へ手を伸ばす。
今日も、王都へ向かう。
昨日とは違う。
ただ、未来を見るためではない。
未来を見つめ、自分の答えを探すために。




