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死亡フラグが全部付箋で見えるんですが  作者: 絵宮 芳緒
第ニ章 動き出した歯車

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第三話 噂の真相

「もちろんです。」


リシェルの申し出に、エルネストは穏やかに微笑んだ。


「ですが、ここでは落ち着いてお話しできませんね。」


そう言って、周囲へ視線を向ける。


王都の大通りは、多くの人々で賑わっていた。


行き交う馬車の音。

商人たちの威勢のよい呼び声。

足を止めて話すには、人目も多すぎる。


「この近くに、貴族の方々も利用される喫茶店があります。」


「衝立で仕切られた席もございますので、そちらでしたら、ゆっくりお話しいただけるかと。」


リシェルは静かに頷いた。


「お願いいたします。」


二人は並んで歩き始める。


その少し後ろを、護衛たちが一定の距離を保ちながら静かについてくる。


しばらく歩くと、一軒の落ち着いた喫茶店が見えてきた。


派手さはない。

けれど、丁寧に磨かれた木の扉と、季節の花が飾られた店先からは、長年愛され続けてきた店であることが伝わってくる。


エルネストが扉を開くと、店員がすぐに一礼した。


「いらっしゃいませ。」


「二名、席をお願いできますか。」


「かしこまりました。」


店員に案内され、二人は店内の奥へと進む。


案内されたのは、高い衝立で周囲と緩やかに仕切られた席だった。


完全な個室ではない。

けれど、落ち着いて話をするには十分な空間だった。


護衛たちも店内へ入り、二人の様子が見える位置へ控える。


それを確認したリシェルは、小さく安堵の息をついた。


向かい合って席へ着くと、店員がメニューを差し出す。


「本日のおすすめは、春摘みの紅茶でございます。」


エルネストは、リシェルへ視線を向けた。


「リシェル様、いかがなさいますか。」


「私は……春摘みの紅茶をお願いいたします。」


「かしこまりました。」


エルネストも同じものを注文すると、店員は一礼して席を離れた。


穏やかな静けさが、二人を包む。

店内には、控えめな話し声と食器が触れ合う音だけが響いていた。


ほどなくして、湯気を立てる紅茶が運ばれてくる。


店員が音を立てないよう丁寧にカップを置き、一礼して下がる。


ふわりと立ち上る紅茶の香りが、張りつめていた心を少しだけ和らげた。


エルネストはカップへ手を添えながら、穏やかな笑みを浮かべる。


「どうぞ、ご遠慮なくお話しください。」


その声音は、問い詰めるものではない。

話したくなるまで待ってくれる、そんな優しさがあった。


リシェルは、両手でカップを包み込んだ。

立ち上る湯気が、ほんの少しだけ張りつめた心をほぐしてくれる。


それでも、何から話せばよいのか分からなかった。


付箋のことは話せない。

未来が見えることも。


けれど、このまま胸の内へしまい続けることもできない。


「……実は最近、少し気になる噂を耳にしたのです。」


エルネストは急かすことなく、小さく頷いた。


「どのような噂でしょうか。」


リシェルは視線を紅茶へ落とす。


「人づてに聞いた話なのですが……。」


言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。


「それが事実なのか、それとも、ただの噂なのか……私には分からなくて。」


静かな沈黙が流れた。


エルネストは考え込むようにカップへ手を添え、それから穏やかに口を開く。


「難しいご質問ですね。」


その言葉に、リシェルは顔を上げる。


「私でしたら、最初から信じることも、最初から否定することもいたしません。

噂は、人から人へ伝わるうちに形を変えるものです。」


エルネストは、そのままひとくちカップに口をつける。


「……ですが、ごく稀に、事実の一部が含まれていることもあります。」


リシェルは静かに耳を傾けた。

エルネストは続ける。


「ですから、大切なのは噂そのものではありません。その噂と、どう向き合うかです。」


「……どう向き合うか。」


リシェルは、小さく繰り返した。


「はい。」


エルネストは、柔らかく微笑む。


「噂に振り回される必要はありません。ですが、気になるのであれば、落ち着いて事実を確かめれば良いのです。」


さらに続ける。


「思い込みで決めつけず、冷静に見極める。

それが一番大切だと、私は思っています。」


「……もし。」


リシェルは小さく息を吸った。


「その噂が、本当だったとしたら……。」


言葉はそこで途切れる。


何をどう続ければよいのか、自分でも分からなかった。

エルネストは急かすことなく、その続きを待っている。


「誰かが傷つく未来だと分かっていても……。何もできないことも、あるのでしょうか。」


その問いに、エルネストは静かに目を伏せた。


すぐには答えない。

一つひとつ、言葉を選ぶように、小さく息をついてから口を開いた。


「ございます。」


その一言は、決して冷たいものではなかった。


「人には、それぞれ立場があります。知ることのできることにも、手を差し伸べられることにも、限りがあります。」


リシェルは黙って耳を傾ける。


「ですが。」


エルネストは穏やかな眼差しを向けた。


「だからといって、何も考えなくてよいということではありません。できることを考え、できる範囲で行動する。それだけでも、誰かを救えることはあります。」


リシェルは、その言葉を胸の中で静かに繰り返した。


――できることを考える。

それは、未来を変えられるという意味なのだろうか。


「……ありがとうございます。」


自然と、肩の力が抜けていた。


エルネストは優しく微笑む。


「私のお話が、お役に立てたのでしたら幸いです。」


店員が頃合いを見計らい、新しいお湯を運んできた。


二人は互いに微笑み、短く礼を交わす。


それ以上、この話を深く掘り下げることはなかった。

相談は終わった。


けれど、リシェルの胸には一つの灯がともっていた。


答えをもらったわけではない。

それでも、一人で抱え込まなくてもいいのだと思えた。


二人は静かに席を立った。


「本日は、お時間をいただき、ありがとうございました。」


リシェルは穏やかに微笑む。


「こちらこそ、お声掛けいただき、ありがとうございました。」


エルネストも、柔らかな笑みを返した。


二人は店員の案内で席を離れ、店の入口へ向かう。

店の外では、護衛たちが静かに待機していた。


リシェルの姿を認めると、そのうちの一人が歩み寄り、恭しく一礼する。


「お嬢様、お話はもうよろしいのでしょうか。」


「ええ。待たせてしまったわね。」


「とんでもございません。」


護衛は短く答え、一歩後ろへ下がった。


その様子を見届けたエルネストは、改めてリシェルへ向き直る。


「お気を付けてお帰りください。」


「ありがとうございます、エルネスト様。」


リシェルは小さく会釈する。

エルネストも静かに一礼を返した。


「また何かございましたら、いつでもお声掛けください。」


「はい。その時は、よろしくお願いいたします。」


穏やかな笑みを交わし、別れる。

リシェルは護衛とともに、馬車へ向かって歩き始めた。


王都の通りは、昼を迎えようとしている人々で賑わっている。


楽しげに会話を交わす親子。

荷馬車を引く商人。

忙しそうに足早に歩く役人。


その何気ない日常の中を、リシェルも静かに歩いていた。


――噂に振り回されるのではなく、事実を見極めること。

エルネストの言葉が、胸の奥で静かに響く。


その時だった。

一人の男性が、リシェルの前を足早に横切る。


何気なく、その頭上へ視線が向いた。

白い付箋が、春風に揺れている。


【三日後 横領が発覚します】


「……え?」


思わず足が止まった。


「お嬢様?」


護衛が、不思議そうに振り返る。

けれど、リシェルの耳には届かなかった。


横領。

その二文字が、頭の中で何度も繰り返される。


男性は何事もないように、人混みの中へ消えていく。


リシェルは、その後ろ姿を見つめたまま動けなかった。


――横領。


今まで見てきた付箋とは違う。


恋でもない。

婚約でもない。

誰かの人生を左右する、不正の未来。


エルネストの言葉が、再び胸に蘇る。


――まずは、事実を見極めること。


リシェルは小さく息をのんだ。


その未来を知ってしまった自分は、どうすればいいのだろうか。

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