第39話 ありがとう
目を開けるとそこは見慣れた天井であった。
目の前の景色と背中の感触から察するに、俺は生徒会室のソファで寝ていたのだろう。
だが、どういう経緯でここにいるのか全く覚えていない。俺はキャバ嬢をしていたはずだ。それにクラスの仕事だってある。そっちはどうなった。というか今何時だ。
ゆっくりと身体を起こそうとするが右半身に違和感がありうまく起こせない。
よく見ると誰かが俺のお腹を枕にして寝ている。
寝顔を見て誰なのかすぐに分かった。
「風香さん…?」
「…ん、みやのくん起きた?」
「うん。今ちょうど起きた」
「体調はどう?」
「まだ頭が痛いな」
「まだ無理しちゃダメだよ」
「心配ありがとう。ところで、俺はどうしてここで寝ていたんだ?」
そう問いかけても、返事はない。
生徒会室に静寂が訪れたのち、風香さんの目が潤い始める。
「バカ…宮野君のバカ…」
そう呟きながら俺のお腹を弱い力で叩き続けた。
風香さんがこんな顔をするところを、俺は初めて見た。
どう返すことが正解か分からず、俺はもう一度ソファへ横たわった。
***
後から聞いた話だが、俺はどうやら仕事中に倒れたらしい。
こうして倒れるのはいつぶりだろうか。
俺は良くも悪くも頑張りすぎてしまうところがある。昔からやると決めたことに対して片が付くまで全力で取り組み、成功失敗に関わらず体調不良になることがあった。
好きなこと・既にモチベーションの高いことに関しては体調不良になることはなかった。
やりたくないこと・やらざるを得ないことをすると、決まって今回のようになる。毎回のように倒れる訳ではないが、主に風邪の諸症状のようなものが出る。
キャバクラは、最初は心配だったけどいざやってみると意外と楽しかったから大丈夫だと勘違いしていた。
「初対面の人と連続で話し続ける」という行為は、俺の心身に想像以上のダメージを与えるようだ。
これも後から聞いた話であるが、うちのクラスの出し物である「フォトスポット」が一年生の出し物の中で来場者数一位を獲ったらしい。とても喜ばしいことだ。賞金もゲットだ。熱気の冷めないうちにみんなで打ち上げ楽しんでくれよな。
さらに、キャバクラの売り上げランキングで俺は二位だったらしい。景品ゲットだぜ。
俺が起きたのは午後四時過ぎ頃だった。既に閉会式を終えて全校生徒が片付けに追われていた。
俺も片付けに参加したかったが、立つのもやっとな今の俺が行っても邪魔だろう。
姉が迎えに来てくれるらしいのでそれまで寝て待つとしよう。
***
「はぁ…かーくん…んっ…はぁ…」
荒い息遣いに思わず目が覚める。誰かが俺に覆いかぶさっている。病人になんてことするんだ。
夜這いかと思ったがそんな訳もなくすぐに正体に気づく。
「姉さん何してるんだい。余計体調が悪化しそうだよ。早くどいてくれ」
「かーくん起きた!もうかーくんったら。飄々としてるけどみんなすっごく心配したのよ?」
「ああ。心配かけて悪かったよ。それよりどいてくれないか?」
「あら。ごめんねかーくん。それじゃあ帰りましょう!」
ちょっと待て。生徒会やクラスのみんなに何か言わないとまずいだろ。そのまま帰るのはダメだって。
「生徒会とクラスのみんなはまだいるかな。顔だけでも出しときたいんだけど」
「生徒会なら隣の特別教室にいるわ。クラスの方々もまだいると思う。お姉ちゃんさっき見てきたからね!」
「ありがとう姉さん。ちょっと行ってくるから昇降口で待ってて」
「一人で大丈夫?お姉ちゃんがついていこっか?」
「大丈夫だから。荷物だけ持ってって」
「分かったわ。無理しないでね?」
「うん。気を付けるよ」
そうして俺は、生徒会のみんなが待つ特別教室へと向かう。
***
「みんなお疲れ様。迷惑かけてごめんな」
特別教室で雑談している生徒会一年の女子七名は一斉に俺のほうを向く。何人か驚いたような顔をしている。
何人か俺の元へやってくる。
「宮野君もう大丈夫なの!?」
「ある程度は元気になったよ」
「それならよかったですわね。皆心配していましたのよ」
「心配かけてすまなかった。それに仕事も片付けも休んで…迷惑かけちゃったな」
「それなら何も問題はないぞ」
「どういうこと?」
「売り上げトップ三人に景品があると言ったろう。その景品は片付け免除だからなあ。良かったな」
そんなしょうもない景品のためにこんなことやらされてたのかよ。
「宮野君は既に一日働いてたから本当は今日働かなくてもよかったんだよ?だから今日は休んでも誰も迷惑じゃないの!そんなに気落ちしないで!」
「そう言ってくれて嬉しいよ。俺が迷惑かけてたわけじゃなかったんだな」
「むしろ利益アップにつながったんだよ!」
「どういうこと?」
「倒れた宮野君をね、風香ちゃんがお姫様抱っこして生徒会室まで運んでくれたんだよ!とってもカッコよかったの!それを見てた人が口コミで来てる人達の中で噂になってね。いろんな人が来てくれたんだよ!」
「はえ~そんなことが」
風香さんはどこか照れたような顔でこちらをチラチラ見ている。どうやら本当らしい。まあ集客に一役買ってたんなら良しとするか。
「ちょっと自分のクラスの方見てくるわ。バイバイみんな」
「無理しないでねー!」
「あいよー。っとやべ」
クラスの方へ行こうとした瞬間、目眩に襲われよろける。
「よいしょ、宮野君本当に大丈夫なの?」
倒れる間一髪のところで風香さんが支えてくれた。
「ちょっと危ないかもな。クラスまでで良いからついてきて欲しい」
「うん!もちろん!」
頼もしい風香さんに支えてもらい、一緒に一年二組の教室へと向かう。
***
「みんなお疲れ様。迷惑かけてごめんな」
先ほど見た光景の人数多いバージョンだ。
「おい宮野!大丈夫なのかよ!」
「心配かけて悪かった。今はある程度元気になったから大丈夫だ」
「そうか!元気なら良かったよ」
「一瞬でも来てくれてありがとう。功労者の宮野がいないと締まらなかったんだよ。宮野のおかげで二組は一位取れたんだから」
「今日まで宮野君が頑張ってきてくれたんだ。一日くらい休んでも大丈夫。みんなでカバーしあったからね」
「そうか…良かった…」
クラスに迷惑をかけていなくて良かった。それにみんな俺を励ましてくれて。なんて良い奴らなんだ。
「宮野君の体調が完全に良くなるまで打ち上げは延期しよっか!みんな良いよねー?元気になったって言ってたけど見え張りすぎだよ。今も風香ちゃんに支えてもらってやっと立ってるじゃん」
「バレちゃったか。配慮感謝するよ」
「良いってことよ!」
とことん善人だなあみんな。
クラスに別れを告げ、姉の待つ玄関へと向かう。
「昇降口まで一緒に行くよ!一人で行かせても心配だし」
「風香さんも色々ありがとう。俺を運んでくれたり、こうして付き添ってくれたり」
「えへ…良いの良いの!私がやりたくてやってるんだから気にしないで!」
優しさが染みる。俺は誰かにこんなに優しくできるだろうか。俺のことをこんなに助けてくれるのは何故なのか。この時は、風香さんが慈愛の塊だからだと思っていた。
***
「あ!かーくん!…と西園寺ちゃん、かーくんに付き添ってくれてありがとうね。かーくん無理しないでって言ったでしょ!どうしてお姉ちゃんを頼らないのよ!」
「あの時はいけると思ったんだよ」
「もう…」
「じゃ、じゃあ私はこれで。またね宮野君。お大事に」
「ありがとう風香さん。またね」
「ふんっ。さっ!かーくん行きましょ!父さんと芽衣も心配して待っていますよ!」
姉に連れられて父さんと芽衣の待つ駐車場へと向かう。
これで、俺の高校最初の学園祭が幕を閉じた。




