第33話 再会
「ほら、落ち込んでいる暇はないぞ。かなこちゃん、出勤のお時間だ」
「誰がかなこちゃんだ」
「キミだよ」
悠月は満面の笑みを浮かべながら、俺の肩を叩く。
「ちょっと待って。まだ準備が終わってないよ」
そう言って俺の前に立ったのは風香さんだった。手には化粧道具らしきものが握られている。
「準備って、もう着替えたしこれで終わりじゃないの?」
「全然ダメ!せっかくならちゃんと可愛くしないと!」
「いや、別に可愛くならなくてもいいんだけど」
「ダメなの!」
「お、おう」
風香さんの迫力に押され、俺は椅子に座らされた。
風香さんは俺の前髪をピンで留め、顔に何かを塗り始める。目を閉じろと言われたので、されるがままになっておく。
「ところで宮野君」
「ん?」
「さっきの野々花さんって、どんな人なの?」
「どんな人って言われてもなあ」
「どうして付き合ったの?」
「それは今関係ある?」
「参考までに聞いてるだけだよ」
何の参考にするつもりなのだろうか。
「中学の生徒会で一緒だったんだよ。悠月の友達だったから、三人でいることが多くてさ。その流れで仲良くなって、向こうから告白されて付き合った」
「向こうから…」
顔に何かを塗る手が一瞬止まる。
「どれくらい付き合ってたの?」
「一年くらいかな。卒業と同時に別れた」
「一年も…」
「風香さん?」
「なんでもないよー。じゃあ目を開けて!」
言われた通りに目を開く。目の前に置かれた鏡には、見慣れない女子生徒が映っていた。
「誰?」
「宮野君だよ」
「まさか」
化粧の力とは恐ろしい。もともと衣装が似合っているとは思っていたが、髪型や顔まで整えられると、遠目では本当に女子に見えなくもない。
「すごいですわね。どこからどう見ても女の子ですわ」
「かなこちゃんかわいー!」
「写真撮ってもいい?」
「ダメ」
「えー」
桃さんが残念そうにスマホを下ろす。
「かなこ、準備はできたか?」
「ああ。それやめろ」
「よし。それじゃあ行ってこい、かなこちゃん」
「だからその呼び方やめろって」
俺は黒服役の先輩に案内され、生徒会室の隣の特別教室を改造して作られた店内へと入る。
想像以上に本格的な内装だ。窓は暗幕で覆われ、机には綺麗な布が敷かれている。教室の隅には光る装飾まで置かれていた。高校の文化祭のクオリティとは思えないほど良く出来ている。
「新人入りまーす!」
黒服役の先輩がそう言うと、店内にいる客達の視線が一斉に俺へ向けられた。帰りたい。
「初めましてー。かなこでーす」
恥ずかしさを押し殺しながら挨拶する。
数秒の沈黙が起きる。
そして。
「かわいい!」
「マジで男子なの?」
「声聞くまで普通に女子だと思った!」
店内が一気にざわつき始める。どうやら悪い意味での悲鳴は起きなかったらしい。ひとまず安心だ。
「かなこちゃん、こちらのお客様をお願いします」
「はいはーい」
黒服役の先輩に案内され、俺は二年生らしき女子生徒の前へ座る。
「よろしくね、かなこちゃん」
「よろしくお願いします」
「ねえ、本当に男の子なの?」
「い、一応」
「へえー。顔かわいいね。普通に負けた気がする」
「まさか、化粧のおかげですよ」
冗談がお上手な先輩だな。
「彼女いるの?」
「今はいないです」
「好きな人は?」
「特にいないですね」
「じゃあ私が彼女に立候補しちゃおうかな」
「五分でそういう話まで進むんですか?」
「あはは!面白いね、かなこちゃん」
俺の想像していたキャバクラとは少し違う気がするが、会話はそこそこ盛り上がった。
その後も客は途切れず、俺は様々な人と話し続けた。
俺が男だという珍しさからなのか、かなりの人が興味を持ってくれる。中にはわざわざ指名料を払って俺を指名する人までいた。
「かなこちゃん、チェキお願いしまーす」
「うぃーす」
「人気者だねえ、かなこちゃん」
「ははは、はぁ」
黒服役の先輩にからかわれながら、何度目か分からない写真を撮る。最初は恥ずかしかったが、ここまで来ると少し楽しくなってきた。ハイになってるのかもな。
売り上げ上位には景品があると言っていたな。こうなったら一位を狙ってやる。
「かなこちゃん、次のお客様でーす」
「うぃーす。いらっしゃいま――」
新しく入ってきた客の顔を見て、俺は言葉を失った。
「久しぶり、かなめ」
肩まで伸びた茶色がかった髪。何を考えているか分からない笑顔。あの時から変わらない。
「野々花…」
「へえ。今はかなこちゃんっていうんだ。久しぶりだね、その格好。似合ってる。」
「頼むから思い出させないでくれ」
悠月が持っている俺の黒歴史写真。
その正体は、中学三年の文化祭で女装させられた俺の写真である。
生徒会の企画で衣装を着る人が足りなくなり、悠月と野々花に無理やり着替えさせられたのだ。
「指名、かなこちゃんでお願いします」
「指名しなくても空いてるけど」
「いいじゃん。売り上げになるんでしょ?」
「そうだけどさ」
野々花は指名料を払い、俺の前の席へ座った。
「ドリンク三杯。それからチェキもお願いします」
「お前、金の使い方大丈夫か?」
「久しぶりに会ったかなめくんへのご祝儀」
「そんなご祝儀はいらん」
「相変わらずだね、かなめくんは」
「野々花もな」
注文された飲み物が運ばれてくる。トレーの飲み物を載せて持ってきた風香さんは、野々花の顔をじっと見つめていた。
「ご注文の品です」
「ありがとう。あなたが西園寺風香さん?」
「どうして私の名前を?」
「悠月から聞いたの。かなめと仲良くしてくれてる子がいるって」
「仲良く…えへへ」
「風香さん、今は仕事中だぞ」
「あっ、そうだった!ごゆっくりどうぞ!」
風香さんは一度離れようとしたが、近くの机を拭き始めた。
その机、さっきも拭いてなかった?
「可愛い子だね」
「そうだな」
「かなめくん、あの子のこと好きなの?」
「なんでそうなるんだよ」
「顔が少し嬉しそうだったから」
「気のせいだ」
「ふーん」
野々花は飲み物を一口飲むと、俺の顔をまっすぐ見つめた。
「彼女、できた?」
「いないよ」
「好きな人は?」
「それもいない」
「じゃあさ」
野々花は少しだけ笑みを消す。
「私と、もう一回付き合わない?」
近くでトレーの落ちる音がした。




