第54話「残り三日、だったはず」
ダーヴォが戻ってきた。
「条件がある」と言うその顔は、前回よりも少しだけ柔らかい。顎は相変わらず撫でているけど。
カルセド領の入口付近。道の補修を始めたばかりの区間で、石を並べ直した部分がまだ乾いていない。ダーヴォの馬車が停まった場所は、かろうじて車輪が沈まない地面だった。
「道、ちょっとはましになったな」
「入口だけは急いで直しました」
「入口だけ、ね」
顎を撫でている。見抜かれている。入口周辺だけ急いで補修して、奥はまだ手つかずだということを。商人の目は鋭い。
「条件を聞かせてください」
馬車の荷台の下で、馬がぶるると鼻を鳴らした。
「三つだ」
ダーヴォが荷台に腰かけたまま、指を三本立てた。
「一つ。往路の荷はこっちの言い値で買え。市場より安い。おれが損を被る気はねえが、辺境価格ってことで少し引く」
指を一本折る。値段の話か。まだ聞ける。
「二つ。帰りに街で売れるものをこっちに出せ。空荷で帰るわけにはいかねえ。」
「三つ。道は全区間通せるようにしろ。入口だけじゃ話にならねえ」
「ダーヴォ殿は、大変興味深い商談の条件をご提示くださいました」
ロクスが横で言った。
「つまり『高い』って言ってる。丁寧に言い直すな」
「私はそのようなことは申しておりませんが」
「言ったよ。言い方変えただけでしょ」
ダーヴォが目を細めた。面白いものを見る目だ。
「お嬢さんとこの執事さん、仲いいんだな」
「良くないです」
「良くはございませんね」
同時に否定した。ダーヴォの笑い皺が深くなった。
「まあいい。条件はこれだ。呑むか呑まないか」
ロクスを見た。ロクスは何も言わない。判断はわたしがする。
往路は安く買う。帰りに街で売れるものを出す。これは物流の基本だ。往復で利益が出なければ商人は走らない。
「呑みます。ただし、帰りの荷については相談させてください。まだ何があるか棚卸しが終わっていないので」
「棚卸し、ね。お嬢さんにしちゃ商売っ気があるな」
「生きるためです」
ダーヴォが荷台から降りた。初めて、地面に足をつけて向き合った。中背だが、がっしりしている。握手を求めてきた手は硬くて、乾いていた。土と革の匂いがした。
「一月後に最初の荷を持ってくる。それまでに道を全区間仕上げてくれ」
「わかりました」
握手した。手が震えていないか確かめた。震えていなかった。よかった。
***
握手から三時間後、世界がひっくり返った。
台所の扉を開けた。鍋の蓋がかたかたと揺れる音がしている。ヨルダの顔が青いのが見えた。ヨルダは普段から顔色があまり良くないけれど、今日のは違う。手が割烹着の端を握りしめていた。
「お嬢様。干し肉だけじゃなくて。塩も小麦も、全部止まりました」
「全部?」
「ガレドさんの方から、カルセド向けの物資は一切出さないと」
台所の棚を見た。空だった。正確には、空ではない。瓶が三つ。中身が見える。蜂蜜が少し。豆が一握り。乾燥した薬草の束。それだけ。
「ロクス。ガレドは本気だ」
「ガレド殿がご英断をなさったようです」
——英断じゃない。報復だ。ロクス、あんたの語彙どうなってるの。
行商人との合意を察知したのだ。ガレドは情報が早い。カルセド領が別のルートを探り始めたことが耳に入って、報復に出た。「おれを通さないなら、全部止める」と。
ヨルダが棚の中身を指で数えていた。
「今あるもので、三日分です。節約すれば四日」
「三日」
「ロクス。ダーヴォが荷を持ってくるのは?」
「最短で一週間後かと」
「三日しか持たないのに、一週間後?」
「はい」
「差し引き四日足りない」
「正確には三日半かと。ヨルダ殿の節約を考慮しますと」
ヨルダが困った顔をした。節約しても半日しか稼げない。
「残り三日です」
ロクスが言った。
「ちなみに昨日も三日と申し上げました」
「減ってないの?」
「いえ、昨日の三日と今日の三日は内容が異なります。昨日は干し肉のみの停止で三日。今日は全物資の停止で三日」
「悪化してるだけじゃない!」
「はい。状況は確実に前進しております」
「どこが前進よ。後退してるでしょ」
「ガレド殿が本気であることが確認できたという意味では、情報として前進かと」
ロクスの言葉を飲み込んだ。悔しいけど、一理ある。ガレドが全物資を止めたということは、本気で潰しに来ているということだ。中途半端な妨害ではない。相手の本気がわかったのは、確かに情報としては価値がある。
腹が立つけど。
***
書斎に入った。ランプの灯りがじわりと広がる。蝋燭ではなくランプを使ったのは、蝋燭の在庫も心配だからだ。節約しなければならない。
木板を膝に置いた。炭筆で数字を書き出す。
保存食三日分。行商人一週間後。差し引き四日。
四日分の食糧をどこから確保するか。
村の畑から。だが収穫期は終わりかけている。残っているのは根菜と豆。量は足りない。
山の幸。茸や木の実。だが十月末、採れるものは限られている。
下流の集落。ハウゼのところ。あそこには干し魚がある。塩漬けの保存食も。
炭筆が止まった。
ハウゼに助けを求める。「考える」と言って、「急かすな」と言ったあのハウゼに。通行税の問題を正直に話したばかりのあのハウゼに。
また頭を下げるのか。
「ロクス」
「はい」
「この四日をどう埋める?」
ランプの灯りが揺れた。窓の外は暗い。書斎の床板が冷たい。足の裏から冷気が昇ってきて、膝の木板が震えた。震えたのは木板じゃなくて、わたしの手だ。
「お嬢様のご計画に、もう一項目加えることをお勧めします」
「何」
「『下流に助けを求める』」
ロクスの声は平坦だった。判断を促しているだけで、強制はしていない。でもその選択肢が正しいことは、わたしにもわかっていた。
ハウゼに頭を下げる。通行税の問題で信頼を揺るがせたばかりの相手に、今度は食糧を分けてくれと頼む。
虫が良すぎる。自分でもそう思う。
でも、四日分の食糧がなければ、冬を越す前にカルセド領は干上がる。
ランプの灯りが小さく揺れた。油が減ってきている。この油も、いつまで持つかわからない。
木板に書いた。
五、下流に助けを求める。
炭筆を置いた。指先が白い。冷えている。
保存食は三日分。行商人が来るのは最短で一週間後。差し引き、四日足りない。
——ハウゼに、頭を下げるのか。
ランプの灯りが、もう一度揺れた。
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