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国境の空  作者: SKYWORD
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廃都編 27章

 久しぶりに見る参謀府の建物は相変わらずの威圧感があり、俺は無言のまま、目の前を歩いていく大尉の背中を追っていた。冷静そのものの表情で俺の隣を歩くアキは、時折静かな眼差しを伏せ、何かを考え込んでいるようでもある。翳り始めた日差しが作る長い影が参謀府の中庭に広がり、荘厳な彫刻で覆われた入り口の扉を、暗く彩っていた。

「曹長には悪い事をしたなあ」

大尉がそう呟いて俺たちを振り返る。

「書類を忘れるとか、あり得ないでしょう、普通」

俺はそう呟く。トライアングルエリアから首都警備隊基地に到着するなり発覚したのは、転属に伴う書類一式を大尉が忘れてきたという事実だった。結局、首都警備隊基地に曹長とグリアム、ルパードが残ってその書類を仕上げる羽目になり、なんとか首都警備隊を抜け出した俺とアキ、そして大尉は、約束の時間を大幅に超過して、ここ参謀府につい先刻到着した。ケビン大佐は遅刻くらいで激怒するような人ではないと思うが、さすがに少しは怒るのではないかと俺は思う。大尉が怒られるのは自業自得だが、下手をすれば俺とアキも巻き込まれかねない。憂鬱でないかと聞かれれば、憂鬱ですとしか答え様がない。

「……あり得ない」

アキが追い打ちをかけるようにそう呟くと、大尉は、悪かったよ、ときまり悪そうな仕草で呟く。まるで悪戯を見つけられた子供のような表情だった。

「ケビン大佐って、大尉の学生の頃の教官、でしたっけ?」

俺がそう尋ねると、大尉は、そうだけど、と何だか不貞腐れたような口調で答える。

「戦術と情報分析の講義だった。まさか、卒業して自分の上司があの人になるなんて思ってもなかったな」

「……大変だったでしょうね」

「そうなんだよ、いっつも山ほど宿題を出されてさあ……」

俺が大変と言ったのは、こんな生徒を持たされたケビン大佐の事だったのだが、おめでたい事に、大尉は俺の言葉を全く逆に受け取っているようだった。


 入り口の扉を開け、受付に挨拶をした後、俺たちは参謀府の暗い廊下を歩いていく。やがて、ケビン大佐の部屋の前に立った大尉は、少し逡巡した後、そのドアを軽くノックする。

「誰だ?」

部屋の中から、落ち着いた低い声が聞こえた。

「……クリスです」

大尉が平坦な口調でそう答えると、少しの間があって、入れ、という短い指示が聞こえた。


「遅刻、か。相変わらずだな。学生の頃からまったく進歩が無い」

俺たちが部屋に入るなり、ケビン大佐は皮肉まじりの言葉を発した。表情をおそるおそる観察したところでは、怒っているようでは無い。呆れたような笑顔を浮かべ、クリス大尉の頭を軽く小突いた大佐は、応接セットのソファーにゆっくりと腰掛け、俺たちに着座するように促す。

「誠に申し訳ありません」

頭を下げたクリス大尉の様子を、ケビン大佐は面白そうに眺めている。

「理由は?」

「あの、転属の書類一式を忘れた、というか、作ってなかった、というか……」

「作戦を優先させたのは、解らんでも無い。ただ、お前の下に何人も部下を付けているのは、何の為なのかよく考える事だ。なんでもかんでも一人でやろうとするから、漏れが出る」

教官が生徒に言い聞かせるような調子でケビン大佐がそう続ける。

「お前達も、よくこいつを管理してくれ。作戦や指揮の面では言う事は無いが、いかんせん、事務がなってない。お前達にしっかりサポートして欲しい」

ケビン大佐は俺とアキを眺めながら、可笑しそうにそう言った。アキは真剣な表情のまま、了解しました、と即答する。アキあたりに徹底的に管理してもらった方がいいだろうと俺も思う。


「まあ、遅刻の件はいい。本題に移ろう」

ケビン大佐はそう言って、書類の束をテーブルの上に広げる。先刻までとはうってかわった表情で大尉がそれを受け取り、それらの書類に素早く目を通していく。

「エイジア、セルーラ、ボストクーデター政府の会談内容だ。ここ数日間、進捗らしい進捗はない」

書類をめくりながら、大尉はケビン大佐のその言葉に、でしょうね、と短い相づちを打つ。

「まあ、予想していた通りというか、結局、ボストは本格的な内戦を恐れているのでしょう」

「そういうことだ。エイジアとセルーラは市街戦は避けたいと考えているし、クーデター一派も、自分の所の兵力だけでロシュビッチを駆逐できるとは考えていない。会議では、このまま分割で統治したらどうだという意見まで出る始末だ。さすがに却下されたがね」

ケビン大佐は小さくため息をついて、大尉の手元に散乱した書類を手に取った。

「おそらく、このまま話し合いを続けても、何も結果は出ないでしょうね」

大尉はそう呟いて、顔を上げた。ケビン大佐がそれに同意するように頷くと、だからこそ、と口を開く。

「だからこそ、グスタフはお前に会いたいと言っているのだろう」

「表立っては言えないような事をやろうとしている、と言う事ですか?」

ケビン大佐は大尉のその言葉には答えず、椅子から立ち上がり、自分の机の、革張りの大きな椅子に腰掛けた。


「……クリス、お前の状況分析をまずは聞きたい。今の現状を打破し、ボストをクーデター一派で制圧させるのに、一番適した方法は何だと考えている?」

大尉はソファーから立ち上がり、ケビン大佐の机の前まで足を進める。

「少数部隊を極秘で潜入させ、ロシュビッチを拉致する事です。結局、ロシュビッチ政権には、あの男以外に要がいない。あの男が消えれば、あとは烏合の衆です。ほったらかしておいても崩壊すると考えます」

よどみなくそう言い放った大尉は、大佐の顔をまっすぐに見据えている。大佐は少し目を細め、大尉から投げかけられたその答えを、噛み締めているように見えた。


「……拉致、か」

「アーベル、ラルカスとの外交交渉、ボスト陸軍の統括、その双方において、ロシュビッチが果たしている役割は非常に大きいと考えます。ロシュビッチと、できれば、その周辺の政権幹部を拘束し、こちらの勢力下に置いてしまえば、カダラート周辺に集結しているボスト陸軍は崩壊します。罪を不問にし、投降を呼びかければ、大半は投降するでしょう。無用な戦闘を避けるにはそれがベストです」

「ロシュビッチは解る。あとの政権幹部というのはどのくらいの人数を想定している?」

「そこが解らない所です。グスタフに協力して欲しいのはその点になります。あいつなら、ロシュビッチの周辺の幹部連中で、誰が力を持っているのか解る筈です」

ケビン大佐は、目を閉じてしばらく何かを考え込む。やがて、目を開いた大佐は、椅子から立ち上がるとソファーまで歩き、倒れ込むようにしてそこに座った。

「……カダラートの状況を調査し、作戦の立案をしろ。但し、実戦部隊への接触は、まだ厳禁だ」

大尉を細めた目で眺めながら、ケビン大佐がそう指示をすると、大尉は大佐の向かいのソファーに腰掛け、小さなため息をついた。

「グスタフへの調査要請は許可してくださるのでしょうか?」

「相手からの話次第だな。それは」

大尉は面白そうにケビン大佐の顔を眺め、様子見ですか、と呟く。

「グスタフが何を持ち込んでくるかで、出方は変わる。とりあえず、明日の接見で、大方の方向性は解るだろう?」

「……接見の場所と時間は?」

「明日午後六時。場所はここだ。くれぐれもいっておくが、遅刻はするなよ?」

ケビン大佐が、表情をほんの少し厳しくし、大尉にそう告げると、大尉は、解っています、と不機嫌そうに答えた。


「今日は、別室まで戻るのか?」

本題が終わり、くつろいだ空気が部屋に流れだすと、ケビン大佐はコーヒーを口に含みながら、俺たちにそう聞いた。

「まあ、一応は」

大尉がそう答えて、俺とアキを見る。

「彼らも、もう宿舎やテントは飽き飽きでしょうから、あそこの寮にとりあえず入ろうと思います。カイルの実家も近いですし」

「君の実家には、確かあの亡命者の娘がいたな? リーフといったか」

大佐が俺に視線を向けて、そう問いかける。俺が、はい、と答えると、ケビン大佐は目を細めて、微かに笑みを浮かべる。

「元気にしているのか? あの娘は」

「元気にしていると思います。家の手伝いばかりさせてしまっているのですが……」

ケビン大佐は、そうか、と短く呟く。大佐は、労りと悩みが入り交じったような複雑な表情を浮かべていた。

「セルーラへの帰化も可能になるように検討している。なかなか外交部が首を縦に振らないがね」

「亡命からの帰化ではなく、国籍取得の要件を満たすようにすれば問題ないのでしょう?」

大尉がにやにやと笑いながらそう口を挟んだ。国籍取得の要件とは一体なんの事を指すのだろう。大佐はその言葉を聞いて、同じように含み笑いを浮かべると、そうしてもらえると楽でいい、と呟いた。

「……国籍取得の要件って、何なのですか?」

俺がおそるおそるそう口にすると、大尉が嬉しそうに口を開いた。

「セルーラ国籍を持つ者から出生した場合、もしくは……」

「セルーラ国籍を持つ者との婚姻をした場合の配偶者が異なる国籍を持つ場合」

アキが無表情のまま、そう付け加える。

「要は、だれかセルーラの国籍を持ってる奴と結婚してもらえば、手っ取り早いってことだ」

「はあ?」

大尉の言葉に、俺は間抜けな返答をしてしまう。

「お前がプロポーズして、リーフがOKしてくれれば、それで国籍取得が完了だ。煩わしい帰化の手続きを踏む必要が無い」

大尉が相変わらず悪戯っぽい表情を浮かべたままでそう言って笑った。

「あの、結婚するにしても、そういう政略っぽいのはちょっと……リーフも嫌がると思うのですが」

「お前はOKってことか?」

大尉が畳み掛けるようにそう言った。まさか、ここで決めろとかそういう事じゃないだろうなと俺は思う。大佐と事前に打ち合わせでもしていたのだろうかと勘ぐってしまう。

「いえ、あの……」

口ごもった俺を、ケビン大佐が可笑しそうに眺め、これくらいにしておこうか、と呟いた。

「彼もいきなりそんな事を言われては戸惑うだろう。まあ、クリスから、いろいろ話は聞いているし、国籍の件はあまり心配はしていないのだがね」

大佐はそう言って、ソファーに背を埋める。一体、どんな報告を大尉から受けているのか一度確認させて欲しいと切実に思う。いろいろというのは、どういう事なのだろう。



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