廃都編 26章
出発の日の朝、俺は片付け終わった段ボールの山を眺めながら、ヘリが到着するのを待っていた。大尉と曹長は事務手続きがあるという事で基地本部に向かっており、俺を含めた伍長連中は、ヘリポート脇のベンチに腰掛け、それぞれやる事も無いまま、曇りだした空を眺めている。
「……寒い」
アキが珍しく弱音を吐いた。確かに今日は格段に冷える。
「聞いたか? カダラートの件」
ルパードが立ち上がって煙草に火をつけながらそう呟く。グリアムがベンチに座ったままルパードを見上げ、収容の件かな、と答えると、ルパードは無言で頷いた。
「住民の十%近くをスパイ容疑で収容って言ってたぞ。何考えてんだろうなロシュビッチの野郎は」
吐き捨てるようにそう言ったルパードが苛立たしげにため息をつく。
「……疑心暗鬼になってるんだろう。誰が敵で誰が味方なのか、微妙な状況だからな」
俺がそう言うと、ルパードは納得がいかない様子で、でもよお、と呟く。
「諜報網をクーデター側がカダラートに築いているのは間違いない。かといって、それが誰なのか特定する術も無い。怪しげな所を全部潰してしまえってとこだろう。情報漏れで軍が崩壊するよりは、多少住民の反感を買う方がまだマシだと思ってるんだろうな」
「一般人を巻き込んで、軍優先でそんなことやってたら、何の為の軍なんだかわかんねえよ」
「負けて何もかも失うよりは安くつく。それだけ切羽詰まってるってことだ」
俺がそう呟くと、グリアムが同意の頷きを返した。
「市街戦を想定しているんだ。……きっと」
グリアムが表情を険しくしてそう言った。多分、その予感は間違ってない。カダラート周辺の地理を熟知しているロシュビッチ一派からすれば、地理に不慣れなセルーラやエイジア、そして、もともとが警察出身の人間が多く戦闘に慣れていないクーデター軍を、得意な市街戦で叩きのめしたいのだろう。
「……住人が巻き添えになる」
アキがそう呟いて、立ち上がる。コートについた砂埃を払い、ルパードに向き直ったアキは、僅かに哀しげな表情を浮かべ、小さく頷く。
「ろくでもねえ連中だ」
忌々しげにそう呟くと、ルパードはベンチに座り、二本目の煙草を取り出した。
確かに、忌々しげな現状ではあると思う。ロシュビッチの思惑通りに事が運べば、遅かれ早かれ、セルーラ、エイジアはカダラート周辺で市街戦に突入するだろう。陸上戦闘で不利な状況に立たされるのは間違いない。かといって、こちらが空軍で支援爆撃などをやれば、確実に一般住民を大量に巻き添えにすることになる。ロシュビッチはそれも狙っているのかもしれない。一般人が非人道的な攻撃を受けていると国際社会に宣伝する絶好の機会になる。下手をすれば連邦外の国家から介入を受ける事にもなりかねない。それに加えて、アーベルやラルカスがロシュビッチ側に転ぶようなことになれば最悪の事態になる。
「それを狙っているんだろうな」
俺がそう呟くと、皆の視線が一斉に俺に向いた。
「どういうことだ?」
ルパードが不安げな表情でそう問いかける。
「俺たちが市街戦で苦戦するのをさ。そのままロシュビッチの奴が勝てば儲け物だ。勝てないまでも、陸上戦で苦戦した俺たちが空軍の支援爆撃をやれば、それはそれで都合がいい。一般人を巻き込んだ非人道的な攻撃だと大々的に喧伝する気だろう。他国の介入を招きやすくなる」
「なんだよ、それ」
「どっちに転んでも、ロシュビッチには都合がいいってことさ」
「……ふざけやがって」
ルパードは立ち上がって、苛立ちを隠しきれない様子でそう呟く。考えれば、考える程、どこにも出口の無い迷路に迷い込んでしまったような心境になる。それは皆も同じだったのだろう。一様に黙り込んだ俺たちは、ベンチに座り込んだまま、暗い表情を浮かべていた。
しばらくしてヘリポートに到着した大尉と曹長は、暗い顔をして口数の少ない俺たちを見て、不思議そうな表情を浮かべる。
「なんだ? 何かあったのか?」
曹長がそれぞれの顔を眺めながらそう問いかける。グリアムが顔を上げ、いろいろあって、と苦笑いを浮かべると、大尉が、喧嘩でもしたのか、と笑顔で問いかけた。
「カダラートの件で……」
「住人の収容の件か?」
「はあ。まあ、そういう話をしていたんですが」
「どうせ、暗い想像ばっかりしてたんだろう? そういう想像ばっかりしてると、本当に悪い事があるぞ」
大尉はなんだかやたらに明るい笑顔を浮かべて、そう言った。
「悪い想像が浮かぶのも解る。ただ、俺が見る限りは、悲観するような情報ばかりって訳でもない」
自信に満ちた声で、大尉がそう続ける。
「ロシュビッチと俺の、知恵比べって所だ。負ける気は無いし、無駄な戦闘をする気もない。終わりに近づいている事は確かだしね」
「戦争が?」
アキが顔を上げて、大尉にそう問いかける。大尉は頷いて、ああ、と短く答えた。
「もう、終わらせなきゃならない。いつまでも軍を動員し続けて、戦闘状態が恒久化すれば、どんどん状況は悪化する。多少乱暴でも、ケリをつけるさ」
「一般市民を犠牲にしてってわけじゃ無いですよね?」
ルパードがそう言って、大尉を見る。大尉は少し驚いた様子でルパードを眺めていたが、やがて、笑顔を浮かべると、当たり前だろ、と呆れたように呟いた。
「俺たちには市街戦なんかやる必要がない。ロシュビッチはそこに俺たちを引き込みたいんだろうけどな。結局ロシュビッチ一派の勢力ってのは、少数の幹部とロシュビッチが強烈な締め付けで成立させているに過ぎない。そいつらを潰せば……」
「あとは、ばらばらになると」
アキがそう呟いて、まっすぐに大尉を見た。
「と、見ているけどな。不可能とは思わない。隙をついて特殊部隊でロシュビッチを拉致、拘束してしまうのが一番手っ取り早い」
大尉は、そう言って、地平線の向こうから近づいてくるヘリの姿を見た。少しずつそのエンジン音が大きくなっていく。
「ま、隙をつくのが俺の仕事だ。絶対にその隙はある筈だし、そこを逃さなければ、ロシュビッチと政権幹部の連中だけを潰せる」
俺は、大尉の話を聞きながら、つい先刻まで出口の無い迷路に放り込まれたようだった心境が、少しずつ晴れていくのを感じていた。ロシュビッチだけを潰すと言っても簡単な事ではないのだろうが、それでも、大尉ならなんとかしてしまうのではないかと思わせる予感があった。グリアムとルパードもそれを感じていたのだろう。表情が、多少は明るくなっているように思える。アキの無表情は相変わらずだが、それでもそこから暗さは消えているように思えた。
「ま、そこらへんは、セルディスに到着してから考えよう。クーデター一派の連中も来てる事だし、いろいろ調べなきゃならない事は山ほどある。前線の方が、ひょっとしたら楽かもしれないな」
笑みを絶やさないまま、大尉がそう告げると、曹長が、おそらくは、と短く補足して、俺たちの方を向いた。
「お前らもあれやこれやと悪い想像をする暇があったら、訓練と軍務に集中しろ。気持ちは解らんでも無いが……」
苦笑いを浮かべながら、曹長はそう言って近くに立っていたルパードの背中を軽く叩く。
「……了解です」
同じく苦笑いを浮かべたルパードが、曹長にそう答えた。
ヘリポートに着陸した輸送ヘリに、俺たちは段ボールを積み込んでいく。いつも感心するのだが、こういう作業を自分から手伝ってくれる大尉と曹長は、なんのかんので人間が出来ていると思う。俺が昔所属していた部隊の士官や隊長は、大抵下っ端にこういう雑務を回していた。
荷物を積み込み終わり、ヘリに乗り込むと、エンジン音とローターが回転する振動が全身に響いていく。
「久しぶりに帰れるんだ。嬉しいだろ。特にカイルは」
にやにやと笑いながら、横に座っていた大尉がそう言った。何の事を言っているのだろうかと一瞬俺は考え込む。多分、また、リーフの事でからかおうとしているのだろう。
「嬉しいですよ、もちろん。大尉みたいにいっつも誰かさんが側にいてくれた訳ではないですから」
アキに聞こえないように小声でそう言い返すと、大尉は怪訝そうな表情を浮かべ、俺を見返した。
「誰の事?」
「さあ、だれでしょうね。ご自分で考えてみては?」
本当に誰の事か分からない様子の大尉は、考え込んだまま、ヘリの外に視線を向けた。釣られて俺も窓の外に視線を向けると、トライアングルエリアの殺伐とした光景の向こうに、冬特有の澄み切った青空が見える。
「……寝とけよ? 今日は遅くなるぞ」
大尉が隣でそう呟く声が聞こえた。




