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第三話 英雄はお人好し ①

 もうもうと土煙が立つ中、朗々としたノアの声がよく響いていた。

 

「【魔獣の爪は鋭く、騎士の胴を両断せんとばかりに振り上げられた。しかし、一歩、魔獣は遅れを取る。騎士は魔獣の爪を躱すと、躱した動きのまま軽々と身を捻り、魔獣の腕に降り立った】!!」


 ノアが字を書きつけた本が赤く光り、呼応するようにリゼの足にも赤い文字が浮かぶ。ノアが描いた動きを再現するかのように、リゼは魔獣の攻撃を難なく躱して魔獣の腕を駆け上がり、その首を斬り飛ばした。

 

 断末魔が森に反響する。

 

 一際大きい魔獣の身体が地面に伏したのを見た他の小さな魔獣は、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。あれぐらいの小ささなら、魔獣除けがよく効いてしばらくはこのあたりに近づくことができなくなるはずだ。少なくとも次に魔獣討伐団が訪れるまでの日にちは稼げるはずだ。


「とりあえずボスは倒しました。一度隠れた小型のやつはまだしばらく湧いてくると思いますが、ボスがいない以上別の地域に行くはずです。忌避剤は村にあるとのお話でしたよね?」

「は、はい!!」

「でしたら当分は保つでしょう。一応このボスも斬っておくので、必要に応じて魔獣除けに加工してください」

「よっ、さすがリゼ!」

「ありがとうございます! 『緋色の騎士』様!」

 

 完璧なリゼの解説にノアはすぐさま拍手した。子供の頃から魔獣への観察眼がずば抜けていたリゼだが、最近は解村人への説も上手いときた。魔獣退治をしてまわっている『緋色の騎士』としての名前も周囲に知れ渡りつつある。ノアも親友として鼻高々である。

 

 遠巻きに魔獣討伐を見守っていた村人たちもノアに釣られるようにしてまばらに拍手をし始めた。ノアとしてはもう少しギャラリーが多い方が好ましかったが、魔獣に襲われて困っている集団を見かけてたまたま助けに入った形なので人数が少ないのは仕方がない。

 

「さて斬ろうかな。ノア、水出して」

「どれぐらい? 風呂桶いっぱいぐらい?」

「ここの窪地に血を溜めておきたいし、一旦少なめで水量調整頼むよ」

「大雑把だなぁ……じゃあ雨じゃなくてジョウロみたいな感じかな……?」


 ペンをくるりと回したノアが想像したのは細い清流だ。

 

 夏でも冷たくさらりと流れ、森の中に多様な生態系をもたらす水の流れ。故郷の村でも旅の最中にもよく目にした水をノアは本に書きつけてリゼの手元に出現させる。

 

「魔法とは便利なものですなぁ……」


 村人の感嘆の声にリゼは頬を緩ませた。ノアからすればリゼの魔法の方がよほどすごいが、確かに生活という面ではノアの方が便利なのかもしれない。


 いややはり魔獣を一撃で倒せるリゼの方が何倍もカッコいいとノアは思うが。


 

 他の魔獣を寄せやすい血抜きを終えて解体を終えると、意外にも狩猟にも慣れているのか村人はテキパキと肉を持ち帰る者と残る者に分かれて動き始めた。魔獣の群れに難渋して特産物の花が採取できないと泣き付かれたが、魔獣さえいなければ自然と生活していた人々は逞しいものだ。

 

「そういえば、採取する予定だった花はどれでしょうか?」

 

 肉を渡し終えたリゼは採取組の中で一番慣れていそうな老人に話しかけた。老人は周囲を見回しもせずに崖を指差した。


「あの崖にある白い花です。 花から葉、根まで全部薬になるんですよ」


 老人は懐から銀色の軟膏入れを取り出した。蓋に白い花が掘られた容器はノアも目にしたことがあるものだった。


「特産ってこれですか! 今も持ってますよ〜。打ち身に良いんですよね」

「あの臭いが独特のやつか」

「そうそう。めちゃくちゃ効くよ。ノアも使う?」

「僕は文系で打ち身しないのでいらない」

「文系でもなんかあり得るでしょ」

「そういうのはリゼがやってくれるから」

「やるけども」

 

「『緋色の騎士』様にもお使いいただいていたんですか! それは鼻高々ですね」


 年の功というべきか、老人はノアたちのしょうもないやり取りを笑って聞き流しつつ称賛するべきところは上手く捉えていた。笑っているが蒸気機関時代から魔獣発生を生き延びた人だし、色々と目が良いに違いない。

 

 老人は少し古びた立派な縄を手慣れた手つきで宙に放り投げる。その縄はちょうどよく出っ張った岩に引っかかった。


「おぉ」

「すごい、そう簡単に縄が落ちなさそう」

「はは、伊達に名産になる程花を取っておりませんよ」


 よく見れば岩肌にはいくつもの手頃そうな出っ張りがあった。日当たりも良い崖のためよく花が咲いているが、その観点で見てみるとなる程出っ張りの周囲は花がやや少ない。採集による偏りだろう。

 

「あっちの方は私が取りましょうか」


 リゼが縄から少し離れた場所を指さすと、老人は笑って手を振った。


「あぁいや、ここらはワシらの方が慣れてるんで任せてください。よっと」


 老人はそれなりに歳をとっているように見えたが、縄を登る足取りは逞しかった。危なげなく崖を登り、慣れた手つきで丁寧に、しかし素早く花を摘んでいく。

 

「根っこまでとるのと取らないのがあるんだ」

「花の着き具合とかで調節してるとか?」

「なる程……はっ、これって自然が観察できる良いシーンなんじゃないか? メモらないと」

「おぉ〜作家の鏡」

 

 もちろんリゼのような魔法が使えるものやノアのような器用な魔法が使えるものがいれば収穫は随分楽だろう。だが、そもそも魔法は新しく出てきた技術のようなものだ。魔獣さえいなければこうやって今までと同様に暮らせている村はいくつもあるのだろう。

 

   ***


「そういえば、騎士様らはこれからどちらかに向かわれるんですか?」


 役目を終えた縄を丁寧に巻き取りながら老人が訊ねた。ノアとリゼは顔を見合わせた。助けを求められた手前ここまで来たが、この手のことは正直に話すべきだろう。


「今はホデイアオイに行く途中でした」


 それを聞いた途端に老人は目を見開いた。


「なんと! それは……申し訳ないことを……!! こちら側ですと道を逸れているでしょう」


 老人の言う通りだった。老人達が帰ろうとしている村は、ホデイアオイに行こうとすると逆の道を突き進んでいる。ここからホデイアオイに行こうとすれば森の中を突っ切るか、ここから道をかなり戻って分かれ道まで戻る必要がある。

 

「私の足なら大したことありませんよ。心配しないでください」

「僕の足だと大したことあるよ」


 魔獣から命からがら逃げているところを助けに入ったので横道に逸れたのは仕方がない。魔法を使えない人にとって魔獣に襲われることは文字通りの凄惨な死を意味するため、魔法使いであれば大なり小なり助けに入るべきだという思いがある。ノブレスオブリージュというほど高尚なものでもない、ごく当たり前の『善き人』であるならやって当然の行動だ。

 

 助けられて不遜な態度を隠さない相手ならまだしも、少なくとも今助けて共に歩いている老人は善良な人間の一人だ。申し訳なさそうな顔をしているところにノアの言い草は少し意地が悪い。


「そんな言い方ないでしょうが。それ本気で言ってるの?」

「事実ではあるよ。道は反対って分かった上でリゼが飛び出していっちゃったんだし」

「私に見捨てろって?」

「そんなこと僕の親友がやるわけないだろ」

「分かってるじゃん」

「そうだとも」

「へへへへ」

 

「えぇと……」

「あ、すみません。いつものしょうもないノリです」


 あからさまに二人の世界が展開され困惑した老人に、ノアは肩をすくめて苦笑してみせた。老人はほっと胸を撫で下ろす。

 

「どうしても急ぎたかったら、そもそも私がノアを抱えて走るので大丈夫ですよ」

 老人を安堵させるようにリゼがさらに重ねた。

「お姫様抱っこにしてね。そしたら移動しながら小説が書けるから」

「ちょっとは抱えられることに抵抗持ってね。体力ないとモテないよ」

「そういうのはロルフとかの専売特許じゃない? 僕は見せ筋しか持ってないです」

 

 また老人を置いてけぼりになりそうになり、二人は顔を見合わせて思わず笑ってしまった。こんなくだらない会話をずっと続けながら旅を続けているため、他者が加わることをノアとリゼは忘れがちだ。

 

「ホデイアオイには何をしに行く予定だったのですか? もし旅の物資の補給ということでしたら、我々の村もご協力いたしますよ」


 ありがたい事に老人の方からも助力をしてくれた。ありきたりな話をしがちな二人にとっては話の聞き手に回ってくれるのも嬉しいが、話題提供という形が一番やりやすい。

 

「それは助かります! ヒメシオンが最終目的地で、地図で良さそうな補給地を途中の目的地として見繕っていただけなので」

「えっでも私はホデイアオイの鋼が見たかった。この刀の原料だって父さんが言ってたから」

「確かにあそこの鋼は、不純物の含有割合が刃物にちょうど良いらしいですな」

「あー……じゃあ帰りに寄るから我慢して」

「はーい」


 リゼは素直に返事を返した。

 

「しかしヒメシオンですかぁ……良いですなぁ。あそこは昔から若者が目指す都市そのものですからな。良いところでしたよ」


 老人の目は宙を見上げながらも、その実過去に思いを巡らせるように遠くを見ていた。


「行かれたことがあるんですか?」

「はい、魔獣が発生するより前の頃に若気の至りで行ってみました。当時の私は最新の銃火器をなんとしても目にしたくて、飛び出したものです」

「え! それって今も見れたりしますか!?」

 

「うわ……」


 銃、という言葉にリゼは何よりも目を輝かせた。大体のリゼの行動には理解を示すノアだが、この手の反応を示すリゼに対してだけは嫌悪感を隠さない。


「今は魔獣の影響で大規模な製鉄が止まっておりますからな……以前私が訪れた製造工房も、今は魔獣討伐団に吸収されてしまったと聞いています」

「そうですか……」


 目に見えてリゼの赤い瞳が曇った。

 

「しかし、当時開館した銃火器の博物館であれば今も残っているはずですよ。あの時代の最新鋭の建物でしたから、ヒメシオンの気候を考えれば数十年で倒壊することなどは考え難いでしょう。もし骨董の銃でもお好きなのであれば、あそこはなかなかに楽しめると思います」


 老人の言葉にリゼは顔を輝かせた。


「博物館……!! ねえノア絶対行こう、絶対見よう!」


 バシバシと力加減などなくリゼはノアの背中を遠慮なく叩いた。身長に見合っただけの肩幅を持っているノアだが、戦闘職のリゼに比べればその体幹はあまりに弱いため頼りなく身体が揺れる。

 

「性能に割り振って量産された無骨な銃身から、発砲できるのかどうか弾道すら定まらないような装飾一辺倒なものまで、どんなものでも等しく銃と呼ばれているのが本当にロマンで……! 地元でも地主の子が古い拳銃を持ってて、よく見せてもらっていました。それが博物館と称されるほどたくさんあるなんて……」

「気持ち悪い……勝手に行ってなよ」

「文筆家殿は銃火器はお好きではありませんか」

「ノアはあんまりですね」

「好みは人それぞれですからな」

「良いんです。僕はそもそも目的があるので。博物館はリゼだけで行ってきなよ」

 

 ノアは嫌そうな顔をしながらもそっと外套の胸ポケットを上から押さえた。


「しかし今博物館のことを知られた、ということは目的は別にあるんですか?」


 話を回すのが上手い老人だ。さすがは年の功か。


「私は半分ノアについてきた形ですよ。ね、ノア」


 リゼの肘がノアの脇腹を小突いた。さっき銃に興奮して背中を叩いてきた時と比べるとあからさまに手加減している。

 

 揶揄っているのだ。


「ほほう、文筆家殿に何か目的があるんですか?」

「ねぇ」


 ご丁寧に喋りやすいように相槌までくれた。ここまで話しやすい空気を作ってもらっておいて、話さないのは不義理だろう。ノアは畏まる必要もないのに咳払いをした。

 

「実はフィン・イーザウという大作家先生に『ヒメシオンまでおいで』とお手紙をいただいていて……」


 話しながらノアの口角はどんどんと緩んでいった。リゼと比べると頼りない体幹がくねくねと揺れ始めるがこればっかりは仕方がない。なにせ手紙の相手がフィン・イーザウとあれば物書きなら誰でもこうなってしまうのだ。


「ははあ。その方はどのような方なのですか?」

「知りませんよね。私も幼馴染の言うことだけどあんまりよく分かっていないです」

 

 しかし老人とリゼの反応は銃火器の時と比べて冷たかった。まだ話の続きを促してくれているだけ言葉は優しいが、リゼが銃の話を持ち出した時に比べてあからさまに相槌が適当だ。


「フィン・イーザウ!! 代表作『猫と蒸気』は魔獣が発生した生活基盤すら大混乱になった時代ですら重版されるたびに本屋に人が駆け込んだ超有名大作なんだよ!」

「ご存知ですか?」

「いやぁ……私は田舎育ちですからなあ」

「そ……そんな」

 

 ノアはよろめいた。


「じゃあフィン先生が著名な大作家ながら後進を育てるのにも助力を惜しまない人格者で、生活の中のささやかな喜びを描いた小説で動乱の時代の人々の心を支えて、あと茶髪で涼やかな鳶色の瞳をされた美しい容姿の壮年の男性だと言うことも知らないんですか……」

「村の小説好きの仲間なら知っているかもしれませんが……申し訳ない」

「男性だったんだ。ノアのことだから女性だと思ってた」

「僕は確かに女好きだけど……!! 憧れの先生に手紙もらったからって手を出すような阿呆だって思ってたってこと!?」

「そこまでは言ってないけどちょっと似たことは思ってたな。本命は熟女かぁって」

 

 ノアは憤慨した。ノアの好みは背丈が小さく潑剌とした女性なら年齢はそこまで問わないが、分別なしというほどの好色でもない。


「し……しかしそうなると、我々の村に寄っていただくのは確かに遠回りでしたな。本当に、ありがとうございます」


 老人は場を宥めるのもうまかった。正直に言えばこの手のやり取りもいつものふざけ合いなのでそこまで気にしてもらうほどのものでもないが、他人を前にいつまでも身内のノリを続けた二人も悪い。

 

 少し反省したノアはふと、老人の顔色が今ひとつ明るくないことに気づいた。疲労が溜まってきたかとも思ったが、村は目前だしこの程度であからさまな疲労を見せるのであれば花の採取をいつまでも続けられないだろう。


 間違いなく何かある。リゼもそれに勘付いたのか、ノアを見て頷いた。

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