第三話 英雄はお人好し ②
「他にも何かあったんじゃないですか?」
単刀直入にノアは切り出した。
「いや、その……さすがに旅のお邪魔をするわけには……」
「乗り掛かった船ですよ。僕らのことを気にしているということは、魔獣関連でしょう?」
図星と言わんばかりに老人は足を止めて硬く目を閉じた。
魔法使いの出生条件も明らかでない中で、国は魔獣討伐団を組織できるほどの魔法使いを集めて各地に派遣している。国も対策を講じているのは皆が知るところだが、それでも魔獣の発生が多すぎて対処が追いついていないのが現状だ。魔法が使えないものは魔獣を追い払うのがせいぜいだが、忌避剤も強力な魔獣の前には機能しないことも多い。
そんな村が大半の中で、通りすがりといえどリゼやノアの助力は喉から手が出るほど欲しいもののはずだ。
老人も同じなのか、言いづらそうにしながらも口を開いた。
「隣の村……イチヒと言うのですが、そこからの商人が最近うちの村を全く訪れないのです。魔獣関連の何かあったのではないかと噂になっているのですが、我々は魔法使いを持たない村ですので確認すらできていないんです」
「失礼ですが、村自体が交易を取り止めようとか、そういった動きをする村ではないのですか?」
老人は首を横に振った。
「古くから長い付き合いがある村だということもありますが……うちで取れるあの花とイチヒの特産品を混ぜ合わせた薬品はお互いの村の主な収入源です。あの花の加工技術を持っているのもこの辺りではうちの村ぐらいでしょう。わざわざうちの村だけを交易から避ける理由もなく、おそらく何か商人が村から出るわけにはいかない理由があるのではと考えています」
「すみません、よくない聞き方をしました」
「気にせんでください。あなた方も倒せるとはいえ魔獣相手は命懸けでしょう。不確かな情報で飛び出すわけにはいかないというのも分かっております」
老人はシワの刻まれた手で自分の顎を撫でた。
今日見せた中で一番言葉を選んでいるように見えた。
「実は……先日、金髪の魔法使いの騎士様がイチヒに向かわれたんです。その方が魔獣を討伐しているのであれば、あと数日でイチヒからの商人が訪れてもおかしくないはずで」
「金髪の魔法使い?」
リゼが赤い瞳を輝かせた。一方で金髪に良い思い出のないノアはあからさまに顔を顰める。
二人にとって金髪といえば、ロルフかその家族ぐらいしか思い当たる人がいない。別の地域に行けば一般的な髪色なのかもしれないが。
「金髪……その魔法使いって青い目をした男性ですか?」
「へ? ……ええと、男性でした。青い目をしていたかどうかは……すみません、覚えておりません。騎士様ほどの見事な赤い髪と瞳でしたらおそらく忘れないのですが……」
ということは少なくとも赤い目ではなかったのだろう。リゼに『緋色の騎士』という代名詞が成り立つほど、今の時代では赤色の身体的特徴は目立つのだ。
「ああ、そうだ! 重そうな立派な鎧を纏った方でした。急な話にも耳を傾けられる、物腰穏やかな騎士様でしたな」
リゼが嬉しそうな歓声を上げてノアを見た。
「じゃあロルフだ! 今のご時世に鎧をわざわざ着る人なんてロルフしかいないもん」
「本当に外面作るの上手いなあいつ」
「ロルフはいつも穏やかだったでしょうが。地主の子らしく責任感があるんだよ」
「はいはい、リゼにはそうだね。でもなんでロルフがこの辺りに? 僕らが村を出た頃はまだ村にいただろ?」
「多分そうだったと思う」
ロルフは地主の息子であり、いずれは村のまとめ役になる存在だ。良くも悪くも根無し草な生き方もできるノアやリゼとは違い、単身で旅に出るのが簡単な立場ではないはずだ。まぁその辺りは二人が考えたところで分かるはずもないのだろうが。
「そういえば、緋色の騎士様は鎧を着ておられませんな。……その、」
老人はリゼの装備を見聞するようにしたから見上げ、途中で慌てて目を逸らした。リゼはくびれた腰から上にさらなる曲線を描く胸を、一部露出させているから視線のやり場に困るのだろう。
閑話休題。
リゼの装備は戦闘職というには明らかに向いていないものだった。ノアの説得の末になんとか長外套は羽織っているものの、その中は下乳と胴を被う服だけだし、足も山歩き向けの革でできたブーツとごく一般的なズボンしか履いていない。防具と呼べるものは何一つない。
「やっぱりもうちょっとちゃんとしたシャツとか着たら?」
「胸が苦しくなって深呼吸に影響が出るし肩が動かしづらいので却下。武闘家を名乗るなら身ひとつで十分だからね。あと肌見せしたい年頃」
「し……しかし、それではお怪我はされませんか? 魔獣の攻撃は避けれても、小さな石の破片などで傷ついたりなどは」
「私は強化魔法が使えるので、そもそも転んだりしても怪我はしないんですよ」
リゼの魔法は身体能力の強化に特化したものだが、リゼはそれを膂力だけでなく肌にまで適用しているので石つぶて程度では怪我にならない。
「そもそも魔獣の攻撃を受けるのに防具はあんまり意味を成しませんからね」
「えっ」
「ほら、かつての鉄鉱所に魔獣が湧いたことがあったじゃないですか」
「ああ、数年前の……確かに、あの時外壁も何もかもが魔獣の爪で引き裂かれていましたな」
「魔獣を相手にするなら鎧は重い足枷にしかならないので、身につけていないわけです」
得意げなリゼの説得に老人は関心したように首を縦に振った。相変わらず反応が良い老人である。
「となると、あの金髪の魔法使い様は危ないのではありませんか?」
そして質問も都合が良い。
「その金髪の魔法使いがロルフなら、彼は大丈夫ですよ。私は自分の身体しか強化できませんが、ロルフは自分の身につけているものを強化する魔法を使いますから」
元々体格が良く上背もあるロルフなら、腕の小手で大型の魔獣の斬撃であっても受け止めて反撃できるのだろう。全身が鎧に覆われた鉄の塊が魔獣に突進する有様をノアは想像して、勝手に暑苦しそうと眉を顰めた。
リゼなら肌も強化対象なので魔獣の爪も素手で受け止められるので、やはり絵面としてもこちらの方が作家として描写のしがいがあると一人頷いた。
「しかしまぁ、ロルフが失敗してる可能性もなくはないか」
「ロルフが負けるかな? めちゃくちゃ強いよ。私ぐらい」
リゼはロルフと良く手合わせをしていることもあってか、ロルフの強さも高く評価している。ノアも絶対口にはしないが、リゼと打ち合っているのを幼い頃から見守っているのだから弱くはないと知っている。
だが現状商人が村に訪れていない以上、何かあってうまく行っていない可能性も十分にあった。
「いーや、絶対リゼの方が強いね。リゼがイチヒに行ったら、一日で問題を解決してその日のうちに商人が外に出れるようにするね」
うまく行っていないなら、そこをリゼが解決すれば『魔法使いが上手く解決できなかった魔獣事件も解決してしまう緋色の騎士』としてリゼの名声に箔がつく。
「おお……! さすが『緋色の騎士』様!」
老人の期待の眼差しを引き出すことに成功したノアは、なおもロルフを信じるリゼに目配せした。
「僕の親友はこういう時に助けるのを躊躇わないだろ?」
「分かってるじゃん」
「そうだとも」
「へへへへ……「まあロルフに会ったら手合わせできるし一石二鳥か」ちょっといつものやつやるところでしょ今の流れは!」
人助けに理由はいらない。少なくともリゼはそれで動く人だ。




