第四話 民衆の話をよく聞く英雄 ①
イチヒに辿り着いた頃には日が傾いていた。1日歩き通しということもありノアは疲労を顔に浮かべてリゼより遅れていたが、道中にノアの荷物も持っていたリゼの顔は溌剌としたものだった。
「こんにちは! ロルフという魔法使いはいませんか!!」
「いや第一声がそれは村の人困るよリゼ!?」
急に現れた赤い髪色の女性に、イチヒの村人たちはあからさまに混乱の色を浮かべていた。無理もない。赤毛と呼ばれるようなややオレンジがかった髪色を目にすることはあれど、血を被ったような赤い髪を腰まで伸ばした人物などこのご時世に目にすることはないからだ。そんな一目見るだけで珍しいと分かるような人物が潑剌と元気に訳のわからないことを大声で言いながら現れたのだ。警戒するなという方が難しくすらある。
しかし好奇の目は良くも悪くもリゼにとっては慣れたものである。ほとんど気にすることもなく、リゼは周囲を見回して金髪の鎧姿の青年を探してあたりを見回す。血の色そのものの瞳と目があった少年は驚いて腰を抜かしていた。
「えー……っと、すみません。僕らは森を挟んだクロハナエンシュからお話を聞いてこちらに来ました! 魔法使いです! 怪しいものではありません!」
なんとか追いついたノアが遠巻きに見る村人へ簡潔に事情を叫んだ。リゼに比べてはるかに身軽だが、自分への身体強化の魔法などてんで使えないノアは少し息切れもしていた。
「もしかして、そっちの姉ちゃんは『緋色の騎士』か!?」
「そうです!! こっちの魔法使いはそれで有名な騎士です!」
「それて」
「ほんとごめん、待って……今僕に説明できる体力ない……」
リゼが持つ荷物からごそごそと水筒を取り出してリゼにもたれかかりながら水を飲むという、これ以上なく情けない醜態を晒しながらノアはやっと一息をついてズレた眼鏡を押し上げた。
「金髪の魔法使いがここに来ませんでしたか? 青い目の鎧着た青年です」
「だから僕に説明させてって。今僕が話す流れだったでしょうが」
リゼにとってロルフは幼馴染であり良いライバルでもある。暇さえあれば手合わせをしていた二人だし、良くリゼの父親のハーヴィーの監督の元で森へ魔獣退治の訓練にも行っていた。それもあって仲が良いのは分かるがここまでロルフ一辺倒になるとはノアも想定外だった。
「もがふが」
「ごめんねリゼちょっと黙っててね。……クロハナエンシュの方々が、こちらのイチヒの方から商人が来ないことを心配しておられました。魔獣関連かもしれないと伺ったために僕らもこちらに伺ったんですが、何かお困りではないでしょうか」
「クロハナエンシュから来てくれたのか! そりゃありがたい」
輪を描いて見守っていた集団の中から一人の壮年の男性が歩み出てきた。木こりでもしているのか丸太のように随分と太い腕をしている。
「金髪の鎧を着た魔法使いなら先日ここを発ったぞ。一応あの人からの伝言もある」
ノアとリゼは目を丸くした。
「え、それって私たちがここに来るってロルフが事前に分かってたってこと?」
「あいつそんな器用な探知系の魔法とかって使えたっけ?」
少なくともノアの記憶にあるロルフは、その上背と体格を自慢するかのように思い鎧を我が物として扱い魔獣の攻撃を防ぐような男だ。リゼほどではないが身体強化もできて剣の腕前もそれなりで、おまけにちょっとした火ぐらいを起こす魔法も使える。身体強化だけのリゼよりはやや器用寄りながらも、ノアほど細かい調整がきく魔法は使えない。そんなイメージだ。
遠隔で他人の位置を把握できるなんていう器用の頂点みたいな類の魔法を使っていた記憶は二人にはない。
それに答えたのは村人だった。
「ああいや、伝言と言ってもここを次に訪れる『魔法使い』宛だ。なんというか悪いが、特定の誰かへ、みたいな指定は受けちゃいない」
「なんだ」
「さすがにそっか……」
目に見えてリゼは肩を落とした。そんなにロルフと手合わせでもしたかったのか。
「しょんぼりするところ? リゼをピンポイントで指定してたら怖くない?」
「ロルフに私の名前が届いてて、次にきっと来るって確信しててくれたらなんか嬉しいなって。ほら私、姉弟子だし」
姉弟子は関係あるんだろうか。ノアは首を捻ったが、そもそもノアには師匠と呼べる人も手紙で数回小説について相談したフィン程度だ。弟子同士の関連については疎いのでノアは触れないで置こうと決めた。
「……それでその、伝言ってなんですか? まさかあいつ魔獣を倒しきれないまま去っていったんですか?」
「ロルフがそんなヘマするかなぁ? 私と同じぐらい強いよ?」
「どうかなぁ。リゼはロルフを買い被りすぎなイメージがあるから」
「ノアは嫌いすぎだよ。ロルフは真面目で良いヤツだよ」
ノアはさらに言葉を重ねそうになって、リゼから目を逸らして村人に向き直った。どうにもロルフのことになるとノアは無駄に弁舌に力が入ってしまうところがある。
「えぇと……一応あの人にも恩義があるから誤解がないように言っておくと、あの人はちゃんと魔獣を蹴散らしてくれたぞ」
「ほーらみろ」
「はいはい悪ゥござんした」
したり顔で覗き込んでくるリゼの頭をノアは雑に押し戻して眼鏡を上げた。
「しかし少し含みのある言い方をされていますが、何かあったんですか?」
「……どれがどうにも、あの人は腑に落ちなかったらしいんだ」
「腑に落ちなかった?」
リゼが首を傾げる。村人は頬を掻いた。
「『群れのヌシがいるはずだが、これだけ倒しても出て来ない。だが紛れて倒した手応えもない』ってな。俺は魔法使いじゃねぇしその肌感覚? とかいうのも良くわかんねぇんだけどよ、『俺にはその所在を探知できないが、何か仕掛けがある気がする。警戒してくれ』って次の魔法使いにも伝えるよう言われたぜ」
自分でも釈然としない意見を人に伝えるというのは難しいものだし、いまいち歯切れが悪いのも仕方がないだろう。
「ヌシかぁ……」
「あんたらも魔法使いなら魔獣にもちょっと詳しいだろ。そんな魔獣がいるのか?」
「大抵は集まっていても烏合の衆というか、『大きい個体に頼ってきている』っていうのが主です。魔獣がそんなに統率とれるものかは……リゼは何か知ってる?」
「うーん?」
赤い髪を掻き上げてリゼは首を傾げた。
「ベースとなった生き物の習性を引き継いでるとか……? 動きの法則は肉体に依存するから予測できるけど、社会性まで魔獣が模倣するものなのかな?」
「リゼでもそれぐらいか」
「魔獣って良くわからないことの方が多いからさ」
狩猟する手段が民衆まで行き渡っているなら多くの情報が集まるだろうが、十数年前に魔獣が発生して以降、倒す手段を持っているのは魔法使いだけだ。魔獣が発生した当初は抵抗手段もろくになく、滅んだ民族すらあると聞く。
現状わかっているのは、①身体能力は形の模倣元の動物に依存する。 ②魔法でないと討伐できない。 ③同じ魔獣の体液に寄ってくる。 ④魔獣の皮は嫌う。 ⑤赤色に興奮する。この程度だ。これらも多くの死体の上に獲得した知識だ。
もしかしたらロルフはこれ以上の知識を必要とする魔獣がいる、ということを言いたかったのかもしれなかった。
「金髪の騎士が大方の魔獣を倒してくれたおかげで、最近の魔獣被害はないんだ。採掘もこの前再開したし、クロハナエンシュに送る加工品も用意できてる。あの人の忠告を聞いて一時期は行商に行くのも辞めてたんだが、そろそろこの村の貯蓄も厳しくてな……」
奥にいる村人たちも顔を見合わせて頷いていた。
それは確かに魔獣と優先順位が並ぶ問題だろう。クロハナエンシュでも話していたが、国の魔獣討伐隊が来るのが予測できない以上、村は先の見えない節約生活を強いられる。通りがかりに魔獣退治をして助けてくれたとはいえ、よそ者のロルフの言葉をどこまで信用していいのかもわからない。もしロルフの読みが外れていたにも関わらず行商に行かなければ、村は魔獣のいない空間で静かに緩かに餓死していた、なんてことにもなりうる。
だからと言って魔法使いがいない中で行商に行けというのは、商人をそのまま生贄にするにも等しい行動だ。決断は難しいものだろう。
「ロルフが残ればよかったのに。というか本当になんであいつも旅に出てるの? 村にいろよ」
「あの人のことを悪く言わないでくれ。結構気にはしてくれていたんだ。けど見るからに先を急いでいる様子でもあったから、恩がある手前俺たちも引き留めづらくてな」
「ここからクロハナエンシュに商人と荷物を運ぶとなると数日はかかるだろうしね。仕方ないといえばそうかあ」
「先を急いでいたって、本当にどこに行こうとしているんだあいつは……」
ノアは深いため息をついた。ロルフの行動原理が読めない。ノアのようにロルフには何処かを目指す理由がないはずなのに、後から出発しリゼほどの身体強化を使えないくせに二人を追い越して先を進んでいる。
そこまでロルフを掻き立てる理由を考察しようとしてノアは首を横に振った。嫌いな奴に脳の思考力を割くぐらいならリゼの活躍に割きたいと考えるのがノアだ。
「ねぇリゼ、」
「なあ兄ちゃんたち、あの洞窟に行くのか!?」「ねえオレも行きたい! 連れて行って!」
「うわッ、なんだなんだ!?」
突然足元から湧いた甲高い声にノアは思いっきりのけぞった。見下ろせば、ひょろりと長さばかりがあるノアの足に二人の少年が絡みついていた。




