第四話 民衆の話をよく聞く英雄 ②
「こぉらルカ! ハイル! 大人の邪魔をするなといつも言っているだろう!」
村人の怒号が日が落ちた空によく響いた。大声にノアは肩をすくませるが、名指しで叱られた子供たちは少しも意に介さずにちょろちょろと纏わりつき、隣のリゼにも興味を示す。
「赤い姉ちゃん、それも剣? 金髪の兄ちゃんが持ってたのと全然形違わねえ?」
「これはねえ、刀って言うんだ。剣とは材料とか作り方が違うんだよ」
「あのね、あのね、洞窟の奥に変な鳴き声の猿がいるんだよ! あいつが全部悪いんだ! 兄ちゃんたちそれをやっつけるの? 金髪の兄ちゃんよりも姉ちゃんたちは強いの?」
「リゼはロルフよりは強いぞ」
「今のところ手合わせで1勝ち越してるだけだよ」
「このクソガキども! ……すまんな、真面目に取りあわないでくれ」
村人はノアとリゼの足に絡みつく子供たちの首根っこを掴んで引き剥がしたが、子供たちはすぐに負けじと食ってかかった。
「だってセーラがおかしいじゃんか!! あの洞窟に行ってからだぞ、セーラに会ってないの!」
「そうだよ。ボール落としてからおかしくなったんだって! 姉ちゃんたち、お願いだからあの洞窟の猿を倒して!!」
「猿? 洞窟に猿がいるのかな?」
リゼがルカとハイルに視線を合わせるようにしゃがんだ。茶髪の方がルカ、黒髪を短く刈り上げているのがハイルというらしい。
この手の騒ぐだけ騒ぐ子供がノアは苦手なので遠巻きに見ていた。いつかのようにリゼを羨望の眼差しで見るだけの子供ならノアも相手をするが、無鉄砲で無謀と勇気を取り違えているタイプの物分かりの悪い子供は嫌いだ。自分を無理やり家から連れ出そうとした子供達に何処か通じるところを感じるのもあるかもしれない。
「あのね、セーラが洞窟にね、ボールを落としちゃったの」
「セーラちゃんはお友達かな? ボールは取り戻せた?」
茶髪の方が首を横に振った。
「セーラはボールを取りに行ったはずなのに、出てきた時は何も持ってなくて、ずっとぼーっとしてたんだ」
「それから会えてないの。毎日一緒に遊んでたのに」
みるみるうちに茶髪の子の目に涙が溜まってきた。黒髪の子がそれを宥めるが、こちらも涙ぐんでいる。
要約すると、彼らの友人であるセーラという子が、洞窟に落とし物をして、それを取りに行ったものの何も持ってくることなく帰ってきた。そしてそれ以降様子がおかしい、ということか。
「もう暗いからこの時間は家に帰ってろって言われてンだろ。セーラは元々身体が弱いんだから、また風邪を拗らせてるんだろ」
なるほど。洞窟がどんなものかは分からないが、普段遊び慣れている場所より奥に入ると見たこともないカビが生えていたりすることもある。元々身体が弱いのなら、そういうので何かよくない風邪をもらったというのは現実的にあり得ることだ。
「風邪じゃない! だって風邪ならセーラは窓越しに手を振ってくれるけど、最近はカーテンも開いてないんだ! おかしいだろ?」
しかし村人の言葉にハイルは負けじと声を上げた。それだけ重い風邪ということとは考えられないのだろうかとノアは嘆息する。だから考えなしの子供は嫌いなのだ。
「ロルフの伝言もあるし、一度洞窟に行ってみる価値はない?」
親切なことにリゼは子供の話を参考にしているらしかった。分かりやすく子供の顔が明るくなる。
「お前らは家に帰るんだ。間違っても魔法使いたちについていくんじゃねェぞ」
そして村人の言葉に今度は分かりやすく顔が曇った。
「なぁ絶対邪魔しないから! オレたちもセーラを治してやりたいんだ!」
だがしたたかなもので、村人が説得できないとわかるとすぐにリゼの足に絡んだ。村人が連れていってくれなくとも、監督するノアかリゼの了承さえ得て仕舞えば良いと考えたのだろう。知恵の回る子供だ。
「ダメだ」
だがノアの声は厳しかった。仮に彼らの仮説が正しくとも、子供が洞窟についてくる理由にはならない。足手纏いだからだ。
その語気に村人が目を丸くしていることに気づいたノアはわざとらしく咳払いして誤魔化した。
「ロルフ……金髪の騎士は洞窟については何か言っていましたか?」
「魔獣退治の一環で色んなところに行ってくれて洞窟にも行ってくれたが、特にどうこうは言っていなかったな」
「ふーむ」
となると、どの道実際に洞窟に足を運んでみる必要がありそうだ。何もなければロルフと同様に全域をしらみつぶしに行くしかない。
「今日中に洞窟は行っちゃわない?」
「今日って……もう日が暮れてるぞ? アンタはともかく、男の方はしんどそうだが……」
「ノア行ける?」
正直にいえばノアは疲労で足が棒のようだった。リゼに手を貸してもらったため常人と比べればクロハナエンシュからかなり短い日数で移動できている。しかしこれはロルフの残した仕事だ。
ここでふらりと現れたリゼがさらりと解決してしまえば、『緋色の騎士』の活躍に箔がつくというものだろう。
「僕がここで怯むと思ってる?」
「怯まない親友だから一緒に旅してるね」
「へへへへ」
ノアとリゼは拳を合わせると、疲れを見せない足取りで夜の森へと踏み出した。
振り返ったノアは、村人がルカとハイルの背中を押して家に帰るように促しているのを見た。
ルカはとぼとぼと足を動かしているが、ハイルはいまだに強く地面にしがみついている。その負けん気の強い目とノアの目が合った。
————ああいう馬鹿がいるから、守る人が無駄に怪我をすることになる。
ノアはハイルを睨むと、すぐに視線を外した。




