第二話 英雄が生まれた日 ①
ノア・バウアーは村が嫌いだった。身体が小さくて手足が細かった幼いノアは力が弱く喧嘩も弱かったし、それを嘲笑うようにみんながいじめてくるからだ。
「なんだよお前、また本を読んでるのかよ?」
「うっせぇな……」
腕を引っ張ろうとする子供の腕をノアは振り払った。
ノアは一人で静かに本を読んでいられればそれで良かった。本の中ではいろんな英雄が、大きなドラゴンと戦ったり、頼もしい仲間と協力したり、悪政を敷く為政者を打倒したりと夢に溢れていた。村の外では魔獣に抑圧され、村の中にいても自分を日差しに引っ張り出すくせに居場所が与えられるわけではない現実とは大違いだ。
せめて放って置いてくれれば、一人でいられればこの惨めさも少しはマシになるのに、決まっていじめっ子たちはちょっかいをかけてくるのだ。
読んでいる最中の大好きな英雄譚も何度も途中で取り上げられた。
「そんなのばっかり見てるから目が悪くなるんだぞ。ほらこっち来いって!」
頼んでもないのに、いじめっ子たちはノアの手から大切な小説を取り上げた。木陰で静かに本を読んでいられればそれで良かったノアを、暑くて眩しい日差しの下に無理やり引っ張り出そうとするのだ。ノアにとって鬱陶しくて余計なお世話だった。
第一目が悪いから眼鏡をかけているわけじゃない。見えすぎて酔ってしまうからかけているのに。
「うるさい返せ! おれの勝手だろ!」
「なんだよ言い返すのか? ノアのくせに生意気だぞ」
同じ年齢ぐらいの子供でも、一際腕っぷしの良い一人の少年が片手を振り上げた。殴られると感じたノアは咄嗟に硬く目を閉じる。殴られないように逃げるなんて反射神経は幼いノアにはなく、ただ嵐が過ぎるのを小さくなって待っていることしか出来ないからだ。
「お前たち、何やってるんだ」
「あ、ロ……ロルフ」
そんな有様を良しとはしない者もいたには居た。
同年代の子供の中でも一番成長が早くて、一番背も力もあった金髪の少年のロルフ。地主の息子でもあった彼は子供ながらに威厳だとかそんなものがあって、いじめっ子の勝手は許さない子供だった。彼が来ればどんないじめっ子もバツが悪そうにすぐに退散していた。
成長したノアなら、それが正義感の強さゆえの行動でありロルフも助けてくれていたと理解できていたかもしれない。
「お前はいつも弱いな。悔しくないのか?」
「う……うるせえよ!」
だがすぐに泣いたり簡単に突き飛ばされていた幼い頃のノアにとっては、助け起こしてくれるわけでもなく、むしろ毎度耳に痛い小言を言ってくるロルフはいじめっ子たちよりも嫌いな奴だった。
ロルフといるといやでも見せつけられるのだ。自分の貧弱さも、口の弱さも、心だとか精神だとかの弱さも。それが惨めで嫌で仕方がなくて、ノアはロルフが大嫌いだった。ほとんど逆恨みに近かった。
せっかくいじめっ子たちからロルフが取り返してくれた本をひったくるように奪うと、ノアは惨めさからがむしゃらに走った。
「おい、村の外には行くなよ!」
「うるせー!! おれに指図すんな!」
当たり前のことを言っただけのロルフの説教にすらノアは耳を貸さなかった。
「……はぁ、はぁ……」
駆け出したとはいえど、いじめられっ子のノアに行く宛は大してなかった。
鍛冶場は暑いし、どの畑にも誰かの親か下手をすればいじめっ子本人がいるし、商店は人の出入りが多過ぎる。いつもひっそりと本を読んでいた木陰に戻ることもできないまま、ノアはちょうどいい場所を探してフラフラと村の外れまで来てしまった。
目の前の森は昼だというのに暗い。この村は森を切り開きながらできた村だということもあり、一歩村を出ると鬱蒼とした森が待ち構えている。おかげで木材には困らないが、村の子供たちはある程度大人になるまでは一人で森に入るなとも言われていた。ノアもそれはよく覚えていた。
それに数年前から、ちょうどノアが生まれた頃からこのあたりにも魔獣が出ると言われている。幸い村には入ってこないが、森の中は暗く何があるかわからないから勝手に入らないようにとキツく教え込まれていた。さっきロルフが口にしたように。
「……ふん、だ」
子供のくせに大人のような物言いをするロルフを思い出して、ノアは毒付いて森に踏み込んだ。
他の子供たちは素直に言いつけを守っているから知らないだろうが、ノアはちょっと行くと上が開けていて空から明るい日差しが差し込む場所があることを知っていた。子供の足でも時間は掛からない、ほんの少しだけ入り込んだ距離だ。一人で本を読んでいたいノアはそこを秘密基地としてよく足を運んでいた。
だから慢心していた。
自分はこの森をよく知っているのだと、誰も知らない秘密の安全地帯を知っているのだと思い上がっていた。




