第一話 『緋色の騎士』 ②
日が暮れてしばらく経っているのに、その村は屋外に出ている大人が多かった。祭りといった陽気さは無い。殺気立った様子で、特に男衆は手に農具を握って何かを真剣に話し合っていた。
「もう日が暮れている。いたずらしたは良いものの、引っ込みがつかなくなって出てこれないだけじゃないのか?」
「いたずらにしては2人まとめてなんてことがあるか。それにエマの方は昨日ベリーの話をしていたから……」
「となると魔獣除けの外じゃないか? あのベリーが取れる山は昼でも魔獣が出たりするんだぞ」
この村には魔獣への対抗手段である魔法を使える者がいない。そもそも魔法自体がまだなぜ使える人と使えない人がいるのかすらわかっていない謎の多い技術だ。昔から栄えている都市ならいざ知らず、農耕を中心としてきたこの村では定期的に訪れる国の魔獣討伐部隊を当てにするしかなかった。一年前に訪れてきてくれたときに大掛かりな魔獣除けを施してくれたが、次にいつ訪れてくれるかも分からない。同じような村はこの国だけでもいくつもあるのだから。
農具を手に取るものもいたが、その程度の道具では小さな魔獣を追い払うのが関の山で大型の魔獣には対抗手段にすらなり得ない。だが村人たちは子供たちを諦めるか、それを手に取るしか手段がなかったのだ。
御伽話のように、都合よく、さすらいの魔法使いが助けてくれでもしない限り。
「こんばんは〜!」
あまりに呑気な、朗らかな声が夜の村の門から響いた。子供達と自身の命を天秤に乗せようとしていた男たちは皆一様に目を丸くした。
「おかーさーん!!」
「と、父さん……」
探していた兄妹は所々に擦り傷をこさえているものの五体満足で、元気に両親に駆け寄る。兄が少し気まずそうだが、妹よりも大人な分周りの大人がどれだけ心配しているかわかるからだろう。
だが村人たちは安堵こそしたものの、兄妹を叱る余裕はなかった。
「な……なんだありゃあ!?」
緋色の髪を風に流している女騎士が、大岩にも見間違えるほどの魔獣の肉を抱えていたからだ。
「こんばんは。魔獣肉の保管場所はありますか?」
リゼは魔獣を倒した時と同様に気さくに微笑んだ。
村人たちは兄妹たちの無事を喜べば良いのやら突然の魔獣の肉に戸惑えば良いのやら、わからないまま困惑しつつも動き出した。
「うわ〜でっけぇ……」
「なんであの姉ちゃんは軽々と抱えてんだ。俺らで束になっても持ち上がらねえぞあれ……」
「滑車が必要だな」
「隣の男は何してんだ? 荷物持ち?」
兄妹たちが帰ってきたのを聞きつけた他の村人も集まり、やはり皆リゼが抱える肉塊と毛皮に度肝を抜かれる。
「言われてるよノア」
「良いんです〜。僕は文系なのでペンより重いものを持てないんです」
「あ、やっぱモテない?」
「魔法使いなのでモテるし今のは所持できないって意味の『持てない』ね。やめてね僕はモテを気にしてるんだから」
リゼは村人の案内に従って村の外れの広場に抱えていた肉や毛皮を下ろした。夜にも関わらず野次馬たちが家を抜け出して見物に訪れる。ノアは得意げに肉の前に立った。この手の口上はノアの方が得意だ。別にリゼもできないことはないが。
「魔獣の皮を魔獣除けの区画に置いておきました。魔獣を寄せてしまう部位は、リゼが山の奥地に投棄してきました。皮に関しては急拵えなので、必要に応じて加工してください」
「これは皮の余りと魔獣の肉です」
山と積まれた魔獣の肉はすでに原型をとどめていないが、毛皮は村人も見覚えがあったらしい。
「これって……あの『暴れ狼』の毛じゃないか? あんたたちが倒してくれたのか!?」
「ありがとうございます! こいつには最近ずっと手を焼いておりまして……!」
「そうだったんですか。たまたま通りがかって良かったですよ」
「あの!」
巨大な魔獣の肉を抱えてきたにも関わらず、涼しげに微笑むリゼの前に人波をかき分けて飛び出してきた夫婦がいた。二人はそれぞれしっかりと自身の子供たちの手を握っている。子供達は、魔獣に追いかけられていた兄妹だった。
「息子を……娘をッ、ありがとうございます!」
「あぁ、ご両親に会えたのか! いやぁ……擦り傷を作らせてしまってすみませんでした」
「とんでもない!」
両親は兄妹の肩に手を置くとリゼによく見せるようにその背中を押した。
「騎士様に助けていただいたからこそ、これだけで済んだんです」
「そもそもやんちゃ盛りの年頃なんでこれぐらいの怪我なんてよくありますよ」
平身低頭に頭を何度も下げる両親にリゼは困ったように笑った。
実際魔獣の出現によってこの世界の治安はガラリと変わってしまったのだ。魔獣によって命を落とした者はこの村に何人もいただろうし、過去には滅んでしまった国もあるほどだ。そんな中で魔獣の危機に晒されるも生還するのは、文字通りに奇跡なのだから両親の反応はごく当たり前のものだった。
そんな中で、くすぐったそうに笑うリゼの、血のような鮮やかな赤い髪に目を見開いた村人がいた。
「緋色の髪……」
魔獣が好む血の色は不吉の象徴だ。だがそんな不吉の象徴をものともせず、むしろ囮として自ら魔獣の前に立ち倒していく魔法使いのことを、その村人は聞いたことがあった。
「もしかしてあなたが『緋色の騎士』様ですか!?」
「うお」
急に勢いよく迫ってきた一人の村人にリゼがたたらを踏んだ。
「『緋色の騎士』?」
「もしかして……あの噂の? 『黒蜥蜴』を一人で討伐したって伝え聞いたぞ!?」
「おいよく見ろ、確かに血と同じぐらい髪が真っ赤だ!」
「魔獣に襲われても平気って噂、本当だったのか!?」
「あ、あははは……」
一人の声を皮切りに俄に周りの村人が騒ぎ始めた。誰かが口を開くたびに皆がリゼを見て、噂で伝え聞いた情報とリゼが一致するごとに確信を持った眼差しになっていく。
いくつもの視線に押されてリゼは頬をかいたが、ノアは村人に見せびらかすようにその背中を押した。
「お目が高い!!」
高らかに上がったノアの声に、皆が一斉に注目した。
「よくぞお気づきになりました! 彼女こそが超カッコいい最強な魔法使い、『緋色の騎士』リゼ・ヴェーアマンです!」
声は朗々と、語りは流麗に、表情は華々しく。紫色の瞳は丸眼鏡の奥にあってもなお爛々と光り輝いて、周囲を見回す。主役の口上から決して目を逸らすなと言わんばかりの視線に、村人は無意識に唾を飲んだ。
「あと僕はリゼの唯一無二の親友にして駆け出し小説家です。あと僕も一応チョット魔法つかえます」
「なんのマウント? なんの補足?」
「リゼは絶対に有名になるからその時に僕が一番仲良いんだぞって知らしめて起きたくて……主にロルフ相手に……」
「マジでなんのマウント?」
————気のせいだったか。
詰めていた息を吐き出すと、誰ともなく吹き出す声が聞こえた。なんにせよ、どういう語り口であろうと『緋色の騎士』が頭を悩ませていた魔獣を退治したことには変わりないのだ。
そうと決まればささやかながらももてなしが必須だ。そしてこんな村でも商売にめざとい商人は数人はいる。
「あんたら泊まっていくんだろ? 飯と宿はうちにしないか?」
「じゃあ酒はうちで飲んで行きなよ!」
「ねぇお兄さん、良かったら魔法のことについて教えてくれない?」
「ごめんリゼ、僕このお姉さんと用事ができた」
「はいはい」
「しかしこの大量の肉はどう処理したもんか……」
「あ、一部は保存食に加工したいんですが、私もその加工に混じっても良いですか?」
あっという間に村人の話は生活の話に移り、一部の野次馬たちは翌朝に向けて家に帰り始めた。魔獣がいなくなったところで生活はあるのだ。ノアやリゼもごく自然にその中に混じり、ノアは腕に絡んできた肉感的な女性に鼻の下を伸ばし、リゼは精肉を取り扱う商人たちと額を突き合わせ始める。
「あ……っ、こら、レオン! 待ちなさい!」
「ねえ魔法使い様!!」
そんな中で、救出された兄妹のうちの兄が両親の手を振り切って二人の方へと駆け出した。飛び出してきたレオンにリゼとノアは足を止める。
レオンは荒い息を飲み込んで二人を見上げた。
「おれも……おれも、大きくなったら騎士様みたいになれる? どうやったら魔獣を倒せる魔法使いになれる?」
それは魔獣が跋扈するようになってしまったこの世界で、大なり小なり誰もが考えている願いだった。魔法使いの出生条件も全く明らかになっていないが、人々は魔法使いを頼ることしか魔獣への対抗手段がない。レオンのいる村でも一人でも魔法使いがいれば、もっと生活は楽になるはずだ。
リゼは血のように赤い瞳を緩めた。
「そうだねぇ……まずは早起きすることかな」
「え?」
きょとりとレオンは目を丸くした。構わずにリゼは剣だこが目立つ手で指を立てていく。
「早起きをして、親と一緒に畑の世話をして、朝ごはんをたくさん食べるんだ。早起きは得意かな?」
「ううん。朝は嫌い……」
「はは、そっか。じゃあそこからできるようになろう。できるようになったら、剣でも槍でも刀でも良い、毎日素振りをやってみるんだ。私は君ぐらいの頃には起きたら100回は素振りしてたけど……最初は続けられる回数やってみよう」
「えぇ〜……。それで魔法が使えるようになるの? 魔獣を倒せるの?」
レオンの不満も尤もだ。ノアはリゼとレオンを見下ろしながら思った。
魔法使いが生まれる条件がわからない現状では、魔法が使えるかどうかは文字通り才能に依存する。魔法であれば大なり小なり魔獣への対抗手段となり得るが、魔法なしで魔獣を御せるのはさらに少数の人間を超越したような人間ぐらいにしかできない。リゼの父親のような。
別に魔法が使えたからといって無敵ではないのだが、とノアは眼鏡を掛け直した。
「うーん、君が魔法が使えるかどうかは分からないなぁ」
実戦に身を置くためか、リゼの言葉も無闇に希望を持たせるものではなかった。あからさまにレオンの顔が曇る。何か魔法が使えるようになるような修行を期待したのだろう。
「だって魔法も万能じゃないからね。私だって、自分の身体を強くすることぐらいしかできないから」
「え? 騎士様は魔法でなんでもできるんじゃないの?」
リゼはカラカラと笑った。
「万能って言ったらノアの方がとても器用だよ。紙に書いたらなんでも起こせるんだ。水を出したり、ちょっとした爆発を起こしたり、私のアシストをしたりね」
「ふーん……」
レオンはリゼ越しにノアを見上げるが、彼の記憶にある魔獣を前にしたノアは情けない声を出しているか後ろに隠れている姿ぐらいだ。あまり実感が湧かないのだろう。
なんとなくそれが分かるのかリゼは笑い、レオンの頭を撫でた。
「でも私のお父さんはね、魔法は使えないから魔獣は倒せないけど、大きい魔獣でも追い払うことができるんだよ」
「え? 魔法なしで?」
「そう。私もその人に鍛えてもらったの。さっき言った修行もね、その人に教えてもらったんだよ」
「騎士様のししょーの教えってこと……? スッゲェ!」
「できそうかな?」
レオンはリゼの言葉を反芻するようにしばし目を彷徨わせた。
だが少年は今日一番無力感を味わっていた。そういう日が一番動機も強くなる日だ。
「おれ、頑張る。やってみる!」
「よーし、よく言った!」
よくあるような、英雄に焚き付けられた少年が英雄に将来を誓うシーン。
まさにそれが目の前にあると、ノアは情景を残すべく自分の袖を引く女性を少し待たせてペンを紙に走らせた。




