第六話 難敵に立ち向かう英雄 ①
丸腰で飛び出したリゼに魔獣はすぐに気づいた。刀は魔獣の身体を挟んで反対側に落とされている。自分の体で阻むだけあって、やはりこの魔獣にはそれなりの知能があるのだと感じられた。
リゼが一歩魔獣の足元へ近寄ろうとすると、魔獣は即座に牙を剥く。
「流石に許してくれないよねえ」
刀を取り戻すには手間がかかりそうだとリゼは嘆息した。
かなり硬そうな鉱石に見えたが、魔獣の音波攻撃のせいか周囲の岩壁には亀裂が入っていた。咄嗟にノアたちを引き込んだ岩壁はまだ耐えられそうだが、次に音波に晒されればいつ崩れるかも分からない。
「精神攻撃にしても物理攻撃にしても厄介だな……!」
「ギギィ!」
言葉を理解するのか、魔獣は歪に口角を吊り上げた。そして急に突進し始めた。
向かう先はリゼが背にして守る岩壁。一度の体当たり程度ではまだ壊れそうにはないが、その後ろにいるノアたちが無傷で済む保証もない。
「行かせるかッ!」
「ギャッ」
リゼは懐と袖口に仕込んでいたナイフを魔獣の顔面に向けて投擲する。目は潰せなかったが、頬を切り裂かれたことで魔獣の注意が逸れた。
「さぁ来い、お前の相手は私だよ」
リゼはあえて松明が照らす光の中に身を晒す。よく魔獣が狙えるように一つに束ねあげた長い髪をゆらした。
「ぎぃ……ギッ!!」
反射光ではない光源を受けて、リゼの髪が赤い艶やかな光を返す。
血と見紛う、どんな赤よりも赤い髪。切れ長の赤い瞳が勝気そうに緩く弧を描いた。
魔獣が好む血の色。魔獣の白く虚ろな瞳が輝いた。
「……ギッ」
魔獣はリゼの髪を見つめる。刀に刺し貫かれた瞳と無事な瞳が、溢れんばかりに見開かれてリゼを見つめている。
興奮した魔獣独特の挙動にリゼは身構えた。
「ギッッギィ!!」
手に持つのは懐に忍ばせていた別のナイフ。刀ほどの殺傷力は期待できないが、使い手がリゼであれば隙を作るには十分な武器だった。
ぶちり。
戦況に似合わない水々しい音を耳にしたハイルは、危険と知りながらも岩壁から顔を出した。もしかしたらリゼが魔獣を倒してくれたのかもしれない、圧倒しているのかもしれないという一縷の期待があった。
「あ……」
そんなハイルの視線の先では、赤い血が滴っていた。見覚えのある袖に包まれた腕はまだナイフを握っている。だがそのあまりの小ささにハイルは目の錯覚を疑って目を擦った。
つい数秒前まで目にしていた魔獣の口の大きさと、布に包まれた腕の大きさが合わない。魔獣が人と同じ大きさと仮定すれば、その腕は虫か草の根と見紛うほど細く小さく見える。いくら魔獣が人より大きいものだったとしても、人間とあそこまでの大きさの差はなかったはずだった。であればあの魔獣が咥えているのは腕ではなくて木の枝か何かだろうか。
もう一度ハイルは目を擦った。だが、どう見ても魔獣は先ほどの二倍以上の体格になっているようにしか見えなかった。見間違えではない。であるならば、あの腕は。
「幻覚ってそっちもかあ……」
布ごと肉が噛み砕かれる水音と、ナイフが地面に落ちる硬い音が響いた。




