第六話_裏 ①
子供の啜り泣く声が聞こえた。自分が世界で一番の不幸者だと信じて疑わない子供の泣き声だ。
声の方にノアは首を向けると、そこには一人の子供が泣きながら本を読んでいた。周りの何かから耳を背けるように、自分は小説に没頭しているのだと周囲に示すようにぶつぶつと呟いている。
子供の目は涙で滲んでいて、分厚い丸眼鏡は鼻からずれていた。本来なら小説など到底読める視界ではないだろう。それでもその子供のつぶやきは正確に文字を音にしていた。
覚えているのだ。見えなくとも一言一句違わずに誦じられるほどにその小説の内容を覚えているのだ。
それでもその子供は小説を手放すことなくのめり込んでいた。なぜなら、子供にとっての愛も夢も正義もそこにしかなかったから。
————気持ち悪いな。
子供の姿の自分を前にしたノアは嫌悪感を隠さなかった。リゼ以外の村の子供は嫌いだったが、こんな不気味な自分を除け者にした彼らの気持ちも分からないでもないとも思う。むしろ、そんな自分に構おうとしていた分だけ今のノアよりもよほどまともな人格者かもしれないとすら感じるほどだ。
ああ、でもそうだ。
そんな子供でも、リゼだけは喜んでノアの手を握ってくれたのだ。
魔法が使えるくせに、その魔法は魔獣を倒せるものではない。一人で生きられるはずもないのに、妙にスカしていて無鉄砲で、なぜか気取って一人で居たがる無力な子供。
そんな子供の無鉄砲に付き合って、期待に応えて、リゼはいつでもノアの味方でいてくれた。ノアが何度でも語った英雄譚に何度でも笑って相槌を打ち、ノアの突拍子もないリゼの英雄譚を書きたいだなんて変な夢にも二つ返事で協力してくれた。
そんなことをしてリゼになんの見返りがある。
自分の身勝手に付き合わせて、命の危険がある旅に出て、いつも何も出来ないノアはリゼの後ろでずっと守られていることしかできなくて。
そんな有様で、リゼに危機が迫った時にノアに何ができる。リゼがきっと勝ってくれるはずと勝手に信じているだけの腰抜けと付き合うだけの見返りが、リゼにはない。
だからリゼは死んでしまったのだ。




