沸き立つ惨劇
豪奢な装飾が施された皇帝私室の重厚な大扉を、私は一歩踏み越えて開け放った。
室内に漂っていたのは、不快な濃密さを伴う匂いだった。香水と、酒と、そして――膿んだ肉と汗が混ざり合った、性病に侵された狂王特有の腐臭。
だが、私の目に最初に飛び込んできたのは、部屋の奥で繰り広げられていた酷悪な光景だった。
豪奢なペルシャ絨毯の上で、若い侍女が一人、床に押し倒されていた。彼女の衣服は破かれ、白い肌があらわになっている。彼女を上に乗っかって押さえつけているのは、まだ十歳にも満たないような二人の少年だった。
彼らはカルプルニウスの血を引く実の息子たち――歪んだ欲望と狂気を幼少から叩き込まれた、小悪魔のような王子たちだ。
「やめて……お願いです、おやめください……ッ!」
侍女は涙を流し、必死に抵抗していた。だが、相手が幼子とはいえ、二人掛かりの腕力と、逆らえば殺されるという恐怖の呪縛によって、その抵抗は虚しく削がれていた。少年たちはゲラゲラと下品な甲高い声を上げながら、幼い手で侍女の肌をへこませ、玩具のように弄んでいた。
私は、ただ無言でその光景を見つめた。
胸の底から湧き上がるのは、激しい不快感と反吐が出るほどの嫌悪だった。親が親なら、子も子。この城の血脈は、根底から腐り果てている。
私は指先を軽く一回、空中で滑らせた。
右の翼から解き放たれた黄色い聖光と、左の翼から滲み出た青い魔気が交差し、一瞬で二人へと収束する。
カチリ。
静かな音が響いた。
次の瞬間、侍女を押し倒していた二人の少年の全身から、みるみるうちに血色が失われていった。皮膚が乾燥した灰色へと変色し、その質感は血肉から不透明な『石』へと変化する。
悲鳴を上げる暇すら与えられなかった。
二人の少年は、醜悪な欲望を顔に貼り付けた姿勢のまま、一瞬で完全な灰色の石像へと変貌した。重い石の塊となった二人の体が、コロンと音を立てて侍女の身体から転がり落ちる。
「ひっ……!?」
下に敷かれていた侍女は、一瞬で石と化した幼い王子たちと、部屋の入口に立つ私の異形の姿を見比べ、恐怖と困惑に目を見開いた。
その時、部屋の最奥――暖炉の前にある、豪奢な革張りの一人掛け椅子から、ダダンッ!と激しい音が上がった。
「な……何事だッ!?」
椅子に深く腰掛け、息子たちの暴行を酒の肴にして眺めていた男――皇帝カルプルニウスが、勢いよく立ち上がったのだ。
彼の手に握られていた、無数の宝石が埋め込まれた純金のワイングラスが手元から滑り落ちる。
カシャンッと不快な金属音を立てて床へ転がったグラスから、血のように赤い高級ワインがぶちまけられ、絨毯に不気味なシミを作った。
押し倒されていた若い侍女は、男たちの関心が自分から逸れた隙を見逃さず、破れた衣服を必死に抱え直しながら、泣き叫びつつ部屋の開いた扉に向かって脱兎のごとく逃げ出していった。私はその背中に一瞥もくれず、逃がしてやった。
部屋に残されたのは、私と、石化した二人の少年の像、そして――狂王カルプルニウスだけだった。
カルプルニウスは、石像と化した自分の息子たちを見つめ、次いでゆっくりと私へと視線を向けた。
「お前……よくも余の愛しい息子たちに手を出しやがったな……ッ! 万死に値するぞ、不徳の化け物め!!」
彼の顔面が怒りで不快な紫色に染まり、首筋の脈が浮き上がる。
彼は腰に手を当て、部屋の外へ向かって裂けるような大声を張り上げた。
「衛兵! 衛兵はおらぬかッ!! この化け物を今すぐ八つ裂きにしろ! 何をしている、早く来いッ!!」
静寂。
彼の叫び声は豪華な私室内に虚しくこだまするだけで、応える足音など一つきやしなかった。外にいた近衛兵も、王宮魔術師も、全員が私によって叩き潰されるか、恐怖で逃げ去った後なのだから当然だった。
誰も来ない事態に、カルプルニウスの顔に初めて微かな動揺の色が走った。
しかし、彼は長年絶対者として君臨してきたプライドを捨てきれず、なおも胸を張り、威勢よく怒声を浴びせてきた。
「チッ……役立たず共が、後で全員皮を剥いでやる! おい化け物、余を誰だと思っている!? このガルバ帝国の頂点に立つ皇帝カルプルニウスだぞ! 余に仇なす者がどうなるか、知らん訳ではあるまい――」
その言葉の途中で、私は指先をほんの少し引いた。
「が……ッ!?」
念動の不可視の帯が、カルプルニウスの太い首元を強固に捕縛した。
彼の身体が浮き上がり、そのまま私の手元へと一直線に引き寄せられていく。
カルプルニウスは宙に吊り上げられたまま、急激な圧迫に顔を真っ赤にし、両手で自らの首元をかきむしりながら、足を無様にバタつかせて悶絶した。
私は彼との距離が数十センチまで縮まったところで、念動の引き寄せを止め、宙に固定した。
そして、目を細めて、じっくりとその顔を観察した。
近くで見れば、実に見苦しかった。
かつて私を「醜い」と嘲笑い、片目を潰した男の肌は、長年の性病によって不気味な不快な斑点と膿疱に覆われ、腐臭を撒き散らしている。薄くなった頭髪の下の頭皮は爛れ、見るに堪えない惨状だった。
……これが、私を地獄へ叩き落とした暴君の正体。ただの、病に侵された惨めな老いた肉塊。
私がその滑稽な姿を冷ややかに鑑賞していた、その瞬間だった。
狂王の瞳に、ギラリと野卑な暗い光が宿った。
シュッ!!
カルプルニウスは、宙で悶えながらも、腰の裏に隠し持っていた一尺ほどの小太刀――宝飾が施された特殊な短剣を即座に抜き放ったのだ。
そして、死に物狂いの腕力で、私の無防備な胸元に向けて、短剣を何度も、何度も激しく突き刺した!
ドスッ! ドスッ! ドスッ!
鋭利な刃が私の皮膚を破り、胸の肉へと深々と突き刺さる。
短剣の刃には見えない呪法が施されていたらしく、私の胸からジュウジュウと黒い煙が上がり、激痛が走った。
「ハハハハッ! 死ね! 死ねえええッ! 余に逆らう虫ケラがぁっ!」
カルプルニウスは狂喜の笑みを浮かべ、さらに短剣を奥へと押し込もうとした。
だが、私の表情はピクリとも動かなかった。
痛みはある。だが、かつてこの男に左腕を斧で叩き落とされ、片目を抉り出された時の絶望に比べれば、こんな痛みなど蚊に刺された程度に過ぎない。
私は新しく生えた左手をゆっくりと持ち上げ、私の胸に突き刺さっているカルプルニウスの手首を、がっしりと一掴みに握りしめた。
「な……っ!?」
カルプルニウスの歓喜の表情が凍りつく。いくら力込めても、短剣はそれ以上一ミリも動かなくなった。
「不意打ちのつもり? 相変わらず、どこまでも卑劣な男ね、カルプルニウス」
私は氷のように冷たい声を投げかけると、握りしめた彼の手首に、少しずつ力を込めていった。
メリメリメリメリッ――!!
「ひ……あ……あがっ……!?」
カルプルニウスの顔が恐怖に変形する。
私の指先から放たれる規格外の怪力が、彼の右手首の骨を、筋肉ごと雑巾のように絞り上げていく。パキパキと不快な骨折音が室内を満たした。
さらに、私は彼の手首を、人間ではあり得ない方向――外側へ向けて、一気に三百六十度回転させて捻じ曲げた。
グキィッ!!
「アッ―――――――――――ッ!!!!」
喉が引き裂けるような絶叫がカルプルニウスの口から躍り出た。手首の関節が完全に破砕され、皮膚の中で骨が引きちぎれたのだ。
だが、私の復讐はそんな生ぬるいものでは終わらない。
私の脳裏に、あの日、この男の命令で斧を振り下ろされ、私の左腕が断ち切られた瞬間の光景が鮮明に蘇る。
――『私から腕を奪ったのだから、あなたもいらないわよね?』
私は捻じ曲げた彼の手首を掴んだまま、勢いよく下方へと引き抜いた。
バリバリバリッ、ドシュッ!!
肉が引きちぎれ、筋が断絶する凄まじい音が響いた。
カルプルニウスの右腕が、肘の先から強引にもぎ取られたのだ。
「うあああああああああああああああああああああああああッ!!???」
カルプルニウスは宙で狂乱し、断末魔のような叫び声を上げながら全身を酷く痙攣させた。
手首の断面から、性病で汚濁した黒赤い血液が、シャワーのように大量に撒き散らされ、絨毯と壁を赤く染めていく。
私は手元に残された、カルプルニウスの血塗られた手首と、それが握りしめていた短剣を一瞥した。
ふっと息を吹きかける。
私が手首に触れた瞬間、もぎ取った彼の右手首は、一瞬にして乾燥し、サラサラとした灰色の塵となって私の手から崩れ落ちていった。
続けて、自分の胸に深々と突き刺さったままだった特殊な短剣の柄を掴む。
一切の躊躇もなく、ズブッと音を立てて自分の胸から引き抜いた。胸の傷口からは血が出ず、即座に黄色と赤の粒子が傷を塞いで治癒していく。
私は抜き取った短剣を指先で軽く捻り潰した。
不吉な呪いを放っていた宝飾の短剣は、私の魔力に耐えかねて粉々に砕け散り、これも一瞬で塵となって消滅した。
私は空中での拘束を解除した。
ドサアッ!!
カルプルニウスの重い体が、前方へと無造作に投げ飛ばされた。




