59.おいでよ。
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもあり、同じ文芸部の部員でもある。
今日、私たちは、文化祭で学校の体育館にいる。
体育館は、ちょうど演目の入れ替わりのタイミングで、後の方の座席が一気に空いたところだった。
舞台に向かって左よりの後方2列にまとまって空席があったので、5人と4人に分かれて座る。男子5人が前の列、女子4人がその後ろの列に座る。しめしめ。
これで、斜め前に座る琉生の後頭部が存分に見られるじゃないか。いいのかいいのか。こんなラッキー。
ほんとに、このところ、神様は私に大盤振る舞いしすぎだ。ありがたいけど、申し訳ない気すらする。そんなに良いことをした覚えもなく、毎日好きなように生きているだけの自分が、こんなにご褒美だらけの時間を過ごせるなんて。
ほんまにもったいないぐらいだ。
ありがとうございます。
どちらの神様にお礼を言ったら良いかわからないけど。いや、たぶん、神様みんなの連係プレー?なのかもしれない。
ならば、皆様ありがとうございます。
胸の中で手を合わせる。
舞台では、3年有志主催の漫才・コント大会が始まった。
出場者は、全校に募集をかけて、事前オーディションを実施して選抜されたメンバーが今日の大会に臨んでいると、MC役の3年生が説明した。
さすが選抜メンバー、かなりのハイレベルで、ネタも面白いし、しゃべりの間もいい。
想太が琉生の隣で食いつきそうな勢いで舞台を見つめている。ネタ帳を書いているという彼は、笑ったり拍手したり反応が大きい。本気で自分の隣りにいる琉生と一緒に漫才をする日を夢見ているらしい。
琉生が、漫才。う~む。
似合うような。似合わないような。
でも、案外、とぼけた可愛さで、受けるかもしれない。クールビューティーと呼ばれる彼だけど、あれでけっこうヌケてる可愛いところもあるから。
私が後頭部を見つめていると、時々、琉生がほてほてと後頭部を手の平で叩いている。
ひょっとして、視線、感じた?
ごめんごめん。
ちょっと見つめすぎ?
漫才はどの組も面白くて、会場中ひっきりなしに大きな笑いで湧いていた。
最高。
こうして、みんなで一緒に笑えるって。
想太の笑い声が一番大きいけど、琉生の笑い声も、斜め後ろに座っている私にも聞こえてくる。
(ああ。録音したい。この笑い声……)
明るくて、幸せそうで、この笑い声だけで、白ご飯3杯は食べられそう。(……食べてどうする?)
漫才を見ているせいか、脳内でノリツッコミしてしまう。
AIがどんどん人間の仕事を奪うって言われているけれど。
でも。
落語や漫才やコントのように誰かを笑わせたり、アイドルのように人を笑顔にする仕事は、きっと絶対なくならない、そう思う。
だって、こんな幸せな気持ち、AIには、きっとわからへんよね。
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもあり、同じ文芸部の部員でもある。
今日、私たちは、文化祭で学校の体育館にいる。
彼は今、私の斜め前に座っている。
私はさっきからずっと、その後頭部をウォッチングしている。
舞台では、漫才が終わり、次のグループの演奏の準備が始まった。そのとき、隣でスマホを見ていた吉井さんが、
「あ。やばっ! 忘れてた。部活の当番の時間! やばい。ちょっと過ぎてる」と言った。
「え、うそ」「もうそんな時間?」吉井さんの声に、田中さんも三浦さんも焦っている。
3人は同じ家庭科部だ。かつて、松尾くんが感動したという、『料理は科学だ!』の催しを今年もやっている。
「ごめん! ちょっと先に出るね。きょうは、めっちゃ楽しかった。誘ってくれてありがとう」「よかったらあとで、家庭科部も来てね」「ありがとう。じゃあ。ごめん、織田さん、横誰もいなくなっちゃうけど……」
3人は口々に言って、大慌てで体育館を出て行く。
「だいじょうぶだいじょうぶ」とは言ったものの、私の隣は急にがら空きになった。
まあ、1人でもかまわない。このまま琉生を見ていれば幸せだし。
そう思ったとき、琉生が言った。
「おいでよ。僕の隣り、空いたから」
「え。あ。う。うん」
う。
一瞬目眩がおきそうになる。
『おいでよ』
『僕の隣り』
『おいでよ』
『僕の隣り』
『おいでよ』
『僕の隣り』
…………
その2つの言葉が、頭の中でループ再生されている。
(ああ。ほんまに、これ、録音したい)
一瞬ぼうっとした私だけど。
他の誰かが座ってしまわないうちに、大急ぎで彼の隣りに行く。
そっと座って、彼の顔を見上げると、にっこり極上の笑顔の彼と目が合った。
あかんて。
そんな笑顔の大盤振る舞い。
一気に頬が熱くなる。
今度こそ、めまいを起こしそうになって、私はぎゅっと椅子の座面を握りしめた。




