表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あのね。  作者: 原田楓香
PR
55/60

55.閉店セールの大サービス?


 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもあり、同じ文芸部の部員でもある。

 今、私たちはキャンプ場から帰るバスの中にいる。

 神様たちのおかげ?の大盤振る舞い(私にとって)の一日を過ごして、帰路についたところだ。

 


「自分のお隣の人がちゃんといるか、確認してくださいね」

 担任の倉内先生がそう言って人数確認をし、私と琉生は顔を見合わせた。


「今朝はどうもすみませんでした~」

 琉生は少しおどけて、笑いながら頭を下げる。

「いえいえ、どういたしまして~」

 笑いながら応えて、私は、

「そうや。忘れんうちに」とリュックの中に手を突っ込み、文庫本を2冊取り出す。

「これこれ。名作うしろ読み」

「ああ。これがオリエンテーリングのとき言ってた本?」琉生の目が輝く。

「そうそう。あのね。これ。私、全然知らんくてびっくりしたことがあって」


 私は、『吾輩はライ麦畑の青い鳥 名作うしろ読み』(斎藤美奈子 著 中公文庫)という本を開いて、『アラジンと不思議なランプ』を解説したページを見せる。

「『アラジンは中国人だった』って。え? 何? これ」

 琉生もその小さな見出しにびっくりする。

「ね。びっくりするでしょう? アラビアじゃなかったんや~って」

「へえ~」

 琉生がその本のページを一生懸命見つめている。

                           (※『吾輩はライ麦畑の青い鳥 名作うしろ読み』斎藤美奈子 著 中公文庫)

「この本が続編で、1冊目は『名作うしろ読み』っていうタイトル。こっち。これが1冊目だよ」

 そう言って、私はもう1冊の文庫本を渡す。

 

 彼が興味津々で本を眺めているのを見て、嬉しくなった私は、だんだん調子に乗ってくる。

「それとね。この本は知ってる?」

 さらに、もう1冊、リュックから本を引っ張り出す。

「ん?」

 琉生の目が丸くなる。

 もしかして、引いてる? でも、もう出してしまったのだ。紹介しちゃおう。

「あのね。これは、ドストエフスキーの『罪と罰』の読書会を本にしたものなんだけど」

「罪と罰、か。タイトルは知ってるけど、実は、読んだことないな」

 琉生がさらっと言った。

(そうなのか? 同じだ。なぜかずっとロシア文学だけは手が出なかったのだ)

 思わず勢い込んで、

「私もやねん!」と言って、話を続ける。

「読もうと思っても、本の厚さと登場人物の名前の長さにくじけて」

「でも、これって。タイトルに『罪と罰』を読まない、って書いてある」

「そうやねん。読んでいない4人の作家達が、読まずに内容を推理して語り合う座談会形式の本」

  (※『罪と罰』を読まない 岸本佐知子、三浦しおん、吉田篤弘、吉田浩美 著 文春文庫)

「面白そう」琉生の顔がワクワクした表情になる。


「うん。はじめにね、冒頭の1ページと、結末の1ページをプリントしたものを手に座談会をするねん。読んでないのに、いろいろ想像したりして、話を推測していって」

 琉生も興味をそそられたらしい。うなずきながら聞いている。

「さすが作家さんやな~と思うのと同時に、こんな有名な作家さん達でも、ロシア文学、読んでなかったりするんやなぁってホッとしたりして」

 そう言って笑うと、琉生がボソッとつぶやいた。

「……ついでに告白するとさ。僕、トルストイの『戦争と平和』も読んでない」

「え? 琉生くんも? 私も読んでない」

「え? そうなの? 織田さんも? いや、なんかさ、重厚な感じがして、ちょっと気後れして……」

 琉生の言葉にうなずく。

「わかるわかる。本の厚さで言ったら、他に同じくらい分厚いのいろいろ読んでるのに、なんだかこれは読みにくいって本、あるよね」

「そうそれ!」

 意見が一致して、気分が乗ってくる。

 そして私は、リュックの中に再び手を伸ばす。


「じゃあさ、あのね。これは?」

 またもう1冊、リュックから取り出す。

「え? 一体何冊持ってきてるの? なんか、そのリュックがドラえもんのポケットに見えてきた」

 琉生が目を丸くしている。

(あ。今度こそ引かれたか? でもこうやってゆっくり話せるチャンスはなかなかないんだ。ええい、行け、空!)

 頭の中で、自分にハッパをかける。

 たとえ琉生が呆れていようとも、ここは勢いでいってしまおう。


「あ。あと2冊だけ」そう言って、私は勢いよくハハハと笑った。

「“だけ”って……全部で一体何冊……?」

 琉生が驚いて目を見開く。

「6冊。ほら、本は“別腹”だってば~」

 そう言って笑ったら、琉生も一緒になって笑ってくれた。


 私が次々話す本の紹介を琉生が一生懸命聞いてくれる。

 彼がまだ読んでいなさそうで、興味を持ってくれそうな本。借りたいって思ってくれそうな本。

(と言っても、私がおすすめする本は、いつも彼は全て借りたいと言ってくれるのだが)


 昨日、家の本棚をずっと眺めながら選んだのだ。

 キャンプに本を持ってくるなんてって呆れられるかもやけど。

 でも、琉生ならきっと楽しんでくれるはず。

 最終候補は8冊あったけど、なんとか削って、6冊。と言っても、そのうち1冊は今現在私が読んでる途中のもの。

 だから貸し出せるのは5冊。

 5冊なら、まだちょっと少なめな印象、かな? ――たしかに、8冊はやばいよね。

 

 リビングの本棚の前で、

「6冊って多いかな?」

 私がつぶやいていると、

「キャンプに? 本6冊?」

 横で呆れながら見ていた弟は、

「まあ。筋トレと思えばいいんちゃう。それにしても……」と言った。

「これでもだいぶ絞ったんやで」

「そやな……まあ、姉ちゃんは、コミックスの1巻を貸してって言われただけでも、念のためって言いながら全巻抱えていく人やしな。そんなんに慣れてる相手なら別にびっくりはせえへんやろ」

「……そうかな?」


 私はなぜか不思議なことに本の重さは気にならないのだ。

 いや、確かに重いのだが、意識に上らないというか。

 家族で旅行したときでも、本屋を見つけたら必ず入らずにはいられないし、必ず1冊は買わずにいられない。

 これはうちの母親も同じだ。

「旅行の途中で本買うたら荷物が増えて大変やで」とお父さんに言われても、お母さんも私も、いつも、

「本は別腹~」と応えるのだ。


 そう。だから、私の性格というより、これは遺伝子のなせるワザ。しかたないのだ。

「そうやって、また遺伝子のせいにして~」

 弟に笑われたけど、ヤツも似たようなところがある。……やっぱり遺伝子のせいだ。



 それはともかく、

 私がまだ読み終わっていない本以外の5冊全部を琉生は借りたいと言った。

「ありがとう。楽しみがいっぱいできたよ。嬉しいな」

 彼の極上のほほ笑みに引きこまれるように私も笑顔を返す。

 彼の丁寧な表情と声には、心がこもっていて、私はホッとする。

(よかった。喜んでくれてる? ……呆れてへんよね?)

 




 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもあり、同じ文芸部の部員でもある。

 今、私たちはキャンプ場から帰るバスの中にいる。

 

 

 ひとしきり本の話で2人で盛り上がり、水筒のお茶を飲んで、ひと息つく。

 彼は嬉しそうに大事そうに、リュックに本をしまっている。


 そして、ほんの少しの間、沈黙が流れる。

 さあ、ここからはなんの話をしよう。

 したい話はいくらでもある。ワクワクする。

 何から話そう。


「あのね」

 言いかけたそのとき。

 急に、私の片方の肩が重くなった。

 目玉だけを斜め下に動かすと、そこには、サラサラで柔らかそうな髪。琉生の頭があった。

 琉生が私の肩にもたれている。


(え? え? なに、これ?)

 まさか具合が悪いとかじゃないよな?

 一瞬不安になって、

「琉生くん?」

 小さい声で呼んでみる。

「……くう」

 可愛らしい寝息が聞こえた。


 寝てる?

 そうか。

 早朝から仕事して、そのあとの校外学習。

 きっとすごくくたびれてたんやね。

 私の肩ぐらい、いくらでも貸すよ。


 あ。

 重さが気にならないもの、本以外にもう一つ見つけた。


 琉生の頭だ。

 なんなら両肩に乗ったってへっちゃらな気がする。

 いや、なんなら膝に乗ってくれても。

 お腹は? あかん。ぷにぷにがバレる。

 それ以外だったら、琉生の頭なら何個乗っても、重くない。


 まて。

 耳の近くで、彼のかすかな寝息が聞こえる。「くうくう……」

 だんだんドキドキが大きくなる。

 あかん。落ち着け、わたし。

 私の鼓動で、彼が目を覚まさないように。

 

 前言撤回。

 琉生の頭は、気にならないことはない。

 めっちゃ気になる。

 重くはないけど。

 すごくドキドキして。

 すごく気になる。


 学校まで、もうそんなに遠くはない。あと少しの間だ。

 胸の鼓動を必死で抑える。

 そして、肩に彼の重みを感じながら、そっと目を閉じる。


(う~ん。これは……閉店セールの大サービス?)


 ねえ、神様。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ