55.閉店セールの大サービス?
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもあり、同じ文芸部の部員でもある。
今、私たちはキャンプ場から帰るバスの中にいる。
神様たちのおかげ?の大盤振る舞い(私にとって)の一日を過ごして、帰路についたところだ。
「自分のお隣の人がちゃんといるか、確認してくださいね」
担任の倉内先生がそう言って人数確認をし、私と琉生は顔を見合わせた。
「今朝はどうもすみませんでした~」
琉生は少しおどけて、笑いながら頭を下げる。
「いえいえ、どういたしまして~」
笑いながら応えて、私は、
「そうや。忘れんうちに」とリュックの中に手を突っ込み、文庫本を2冊取り出す。
「これこれ。名作うしろ読み」
「ああ。これがオリエンテーリングのとき言ってた本?」琉生の目が輝く。
「そうそう。あのね。これ。私、全然知らんくてびっくりしたことがあって」
私は、『吾輩はライ麦畑の青い鳥 名作うしろ読み』(斎藤美奈子 著 中公文庫)という本を開いて、『アラジンと不思議なランプ』を解説したページを見せる。
「『アラジンは中国人だった』って。え? 何? これ」
琉生もその小さな見出しにびっくりする。
「ね。びっくりするでしょう? アラビアじゃなかったんや~って」
「へえ~」
琉生がその本のページを一生懸命見つめている。
(※『吾輩はライ麦畑の青い鳥 名作うしろ読み』斎藤美奈子 著 中公文庫)
「この本が続編で、1冊目は『名作うしろ読み』っていうタイトル。こっち。これが1冊目だよ」
そう言って、私はもう1冊の文庫本を渡す。
彼が興味津々で本を眺めているのを見て、嬉しくなった私は、だんだん調子に乗ってくる。
「それとね。この本は知ってる?」
さらに、もう1冊、リュックから本を引っ張り出す。
「ん?」
琉生の目が丸くなる。
もしかして、引いてる? でも、もう出してしまったのだ。紹介しちゃおう。
「あのね。これは、ドストエフスキーの『罪と罰』の読書会を本にしたものなんだけど」
「罪と罰、か。タイトルは知ってるけど、実は、読んだことないな」
琉生がさらっと言った。
(そうなのか? 同じだ。なぜかずっとロシア文学だけは手が出なかったのだ)
思わず勢い込んで、
「私もやねん!」と言って、話を続ける。
「読もうと思っても、本の厚さと登場人物の名前の長さにくじけて」
「でも、これって。タイトルに『罪と罰』を読まない、って書いてある」
「そうやねん。読んでいない4人の作家達が、読まずに内容を推理して語り合う座談会形式の本」
(※『罪と罰』を読まない 岸本佐知子、三浦しおん、吉田篤弘、吉田浩美 著 文春文庫)
「面白そう」琉生の顔がワクワクした表情になる。
「うん。はじめにね、冒頭の1ページと、結末の1ページをプリントしたものを手に座談会をするねん。読んでないのに、いろいろ想像したりして、話を推測していって」
琉生も興味をそそられたらしい。うなずきながら聞いている。
「さすが作家さんやな~と思うのと同時に、こんな有名な作家さん達でも、ロシア文学、読んでなかったりするんやなぁってホッとしたりして」
そう言って笑うと、琉生がボソッとつぶやいた。
「……ついでに告白するとさ。僕、トルストイの『戦争と平和』も読んでない」
「え? 琉生くんも? 私も読んでない」
「え? そうなの? 織田さんも? いや、なんかさ、重厚な感じがして、ちょっと気後れして……」
琉生の言葉にうなずく。
「わかるわかる。本の厚さで言ったら、他に同じくらい分厚いのいろいろ読んでるのに、なんだかこれは読みにくいって本、あるよね」
「そうそれ!」
意見が一致して、気分が乗ってくる。
そして私は、リュックの中に再び手を伸ばす。
「じゃあさ、あのね。これは?」
またもう1冊、リュックから取り出す。
「え? 一体何冊持ってきてるの? なんか、そのリュックがドラえもんのポケットに見えてきた」
琉生が目を丸くしている。
(あ。今度こそ引かれたか? でもこうやってゆっくり話せるチャンスはなかなかないんだ。ええい、行け、空!)
頭の中で、自分にハッパをかける。
たとえ琉生が呆れていようとも、ここは勢いでいってしまおう。
「あ。あと2冊だけ」そう言って、私は勢いよくハハハと笑った。
「“だけ”って……全部で一体何冊……?」
琉生が驚いて目を見開く。
「6冊。ほら、本は“別腹”だってば~」
そう言って笑ったら、琉生も一緒になって笑ってくれた。
私が次々話す本の紹介を琉生が一生懸命聞いてくれる。
彼がまだ読んでいなさそうで、興味を持ってくれそうな本。借りたいって思ってくれそうな本。
(と言っても、私がおすすめする本は、いつも彼は全て借りたいと言ってくれるのだが)
昨日、家の本棚をずっと眺めながら選んだのだ。
キャンプに本を持ってくるなんてって呆れられるかもやけど。
でも、琉生ならきっと楽しんでくれるはず。
最終候補は8冊あったけど、なんとか削って、6冊。と言っても、そのうち1冊は今現在私が読んでる途中のもの。
だから貸し出せるのは5冊。
5冊なら、まだちょっと少なめな印象、かな? ――たしかに、8冊はやばいよね。
リビングの本棚の前で、
「6冊って多いかな?」
私がつぶやいていると、
「キャンプに? 本6冊?」
横で呆れながら見ていた弟は、
「まあ。筋トレと思えばいいんちゃう。それにしても……」と言った。
「これでもだいぶ絞ったんやで」
「そやな……まあ、姉ちゃんは、コミックスの1巻を貸してって言われただけでも、念のためって言いながら全巻抱えていく人やしな。そんなんに慣れてる相手なら別にびっくりはせえへんやろ」
「……そうかな?」
私はなぜか不思議なことに本の重さは気にならないのだ。
いや、確かに重いのだが、意識に上らないというか。
家族で旅行したときでも、本屋を見つけたら必ず入らずにはいられないし、必ず1冊は買わずにいられない。
これはうちの母親も同じだ。
「旅行の途中で本買うたら荷物が増えて大変やで」とお父さんに言われても、お母さんも私も、いつも、
「本は別腹~」と応えるのだ。
そう。だから、私の性格というより、これは遺伝子のなせるワザ。しかたないのだ。
「そうやって、また遺伝子のせいにして~」
弟に笑われたけど、ヤツも似たようなところがある。……やっぱり遺伝子のせいだ。
それはともかく、
私がまだ読み終わっていない本以外の5冊全部を琉生は借りたいと言った。
「ありがとう。楽しみがいっぱいできたよ。嬉しいな」
彼の極上のほほ笑みに引きこまれるように私も笑顔を返す。
彼の丁寧な表情と声には、心がこもっていて、私はホッとする。
(よかった。喜んでくれてる? ……呆れてへんよね?)
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもあり、同じ文芸部の部員でもある。
今、私たちはキャンプ場から帰るバスの中にいる。
ひとしきり本の話で2人で盛り上がり、水筒のお茶を飲んで、ひと息つく。
彼は嬉しそうに大事そうに、リュックに本をしまっている。
そして、ほんの少しの間、沈黙が流れる。
さあ、ここからはなんの話をしよう。
したい話はいくらでもある。ワクワクする。
何から話そう。
「あのね」
言いかけたそのとき。
急に、私の片方の肩が重くなった。
目玉だけを斜め下に動かすと、そこには、サラサラで柔らかそうな髪。琉生の頭があった。
琉生が私の肩にもたれている。
(え? え? なに、これ?)
まさか具合が悪いとかじゃないよな?
一瞬不安になって、
「琉生くん?」
小さい声で呼んでみる。
「……くう」
可愛らしい寝息が聞こえた。
寝てる?
そうか。
早朝から仕事して、そのあとの校外学習。
きっとすごくくたびれてたんやね。
私の肩ぐらい、いくらでも貸すよ。
あ。
重さが気にならないもの、本以外にもう一つ見つけた。
琉生の頭だ。
なんなら両肩に乗ったってへっちゃらな気がする。
いや、なんなら膝に乗ってくれても。
お腹は? あかん。ぷにぷにがバレる。
それ以外だったら、琉生の頭なら何個乗っても、重くない。
まて。
耳の近くで、彼のかすかな寝息が聞こえる。「くうくう……」
だんだんドキドキが大きくなる。
あかん。落ち着け、わたし。
私の鼓動で、彼が目を覚まさないように。
前言撤回。
琉生の頭は、気にならないことはない。
めっちゃ気になる。
重くはないけど。
すごくドキドキして。
すごく気になる。
学校まで、もうそんなに遠くはない。あと少しの間だ。
胸の鼓動を必死で抑える。
そして、肩に彼の重みを感じながら、そっと目を閉じる。
(う~ん。これは……閉店セールの大サービス?)
ねえ、神様。




