53.ひとりにしないから。
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもあり、同じ文芸部の部員でもある。
今日は、1年の日帰りキャンプの日だ。
そして今、私はバスの中にいる。
私の隣は空席だ。
本来なら、私の隣には、藤澤 琉生、彼が座るはずだった。
けれど、今日、彼は仕事が入って、不在だ。
早朝からの撮影が終わり次第、直接キャンプ場までマネージャーさんに送ってもらうことになっているらしい。
「お隣さんがいなくて、淋しいね」
佐藤くんが言う。
「うん。残念やけど、お仕事ならしかたないよね」
思わず、素直に“残念”と言ってしまう。
でも、ほんとに残念やしな。
「でも、撮影場所とキャンプ場がかなり近いみたいだよ。案外、向こうの方が先に着いてたりして」
佐藤くんが笑った。
「そうかも」
私も笑ってみせる。
この前、部活で様子がおかしかった琉生だけど、そのあとも忙しいようで、毎日のように遅刻早退が続いていた。
それでも、あの日のかたい表情がウソのように、目が合うと優しい笑顔を見せてくれていた。なので、どうやら私に何か怒っているわけではなさそうだ。……ホッとした。
それでも、いつも通りの笑顔とは少し違う気もする。
どこか少し元気がないような、淋しそうな表情に見えるのは、気のせいか。
仕事で何かあったのか。
何か悩んでいるのか。
それとも体調が悪いのか。
努力家の彼は、これほど忙しい仕事の合間を縫ってでも、課題はいつもきちんと提出するし、可能な限り登校して、出席日数を確保している。
疲れていないはずがない。
ほんとに大丈夫なのか。
心配でたまらないのに、私にできることは何にもなくて。
もどかしくて。
すごくすごくもどかしくて。
だから、私はいっそう強く決意する。
せめて彼と目が合ったとき、気持ちよく笑いかけよう。
ほんのわずかでも、ホッとするような、そんな笑顔で。
絶対しょんぼりした顔は見せないでいよう。
「琉生くん、忙しそうで心配」と電話で従姉のマユちゃんに言ったら、
「確かに、学校と仕事の両立って、大変やもんな。でもさ、昔、EMエンタの誰かがインタビューで、『仕事がない方が辛かった』って。『まともに寝る時間がないくらい忙しくても、休みなんか要らない、仕事がしたいと思ってた』みたいなこと話してたわ。まあ、琉生くんたちは、かなり順調にお仕事が継続して入ってるから、そこまでは思ってないかな」
「どうやろ? 撮影に入ってても公表されてないお仕事もあるから、どれだけ忙しいかはようわからへん。でも、すごくハードそう」
「えらいよね。自分で選んだ道とはいっても、ほんまに努力し続けなあかん仕事やもんね」
「うん。ほんとすごいと思う。学校の勉強だけで精一杯の自分とは大違いやわ」
「まあ、“みんなそれぞれの場所でがんばってるんだから”、比較はしないでおこう」
「みんなそれぞれの場所でがんばってる」
それは、妹尾 圭の言葉だ。
「だから、自分だけが辛いんじゃない。そう思ってやってきた」
インタビューか何かで、そう言ってほほ笑んだ妹尾 圭に惚れたのだと、前にマユちゃんは話してくれた。
「カッコいいからだけで好きなんとちゃう。個人仕事がなくて、全然評価されなくて、すごく辛かった時期も、粘り強く努力し続けて乗り越えてきた人やから。やから好きやねん。でも、そんな苦労話はめったにしたがらないところもすごく素敵やねん」
琉生もきっと同じだ。
いつも穏やかに優しく笑って。
どんなにしんどいときでも、黙って笑顔で乗り越えてきたんだろう。
そう思うと、彼がむちゃくちゃ愛おしくなって、ぎゅっと抱きしめたくなってくる。
あかんな。
もう完全に、“推し”という言葉では、自分をごまかせないくらい。
私は、いつのまに、これほど彼のことを好きになってたんやろう。
隣の空席をそっと見つめる。
帰りだけでも、隣同士になれるかな?
なれたらいいな。
私は目をつぶって、彼の笑顔を思い浮かべる。
藤澤 琉生。
彼は、私の推しだ。
そして、クラスメートでもあり、同じ文芸部の部員でもある。
今日は、1年の日帰りキャンプの日だ。
私は、気がつくと、すっかり眠ってしまって、次に目が覚めたのは、キャンプ場に着いたときだった。
まわりがやけにザワザワしているので、目が覚めた。
慌てて、みんなと一緒にバスを降りる。
先に降りた子達の声がする。
「琉生くん、間に合ったの?」
「お。琉生、よかったな」
「お~琉生、おまえ、先に着いてるなんて」
「よかったね~来られて」
みんなの声がする。
「仕事終わって直接来たら、まだ誰も着いてなくて。ほんとにここだっけ? ってすごく不安だったよ」
そう言って、琉生が笑っている。
よかった……!
声も元気そう。
笑ってる。
琉生が近づいてきて、小さい声でそっと言った。
「織田さん、ごめんね。往きのバスの中、ひとりにして」
「うん。……淋しかった」
思わずするりと言葉が出てしまった。
ちょっと待て! 自分。
今、なんかすっごい正直なんはええけど、めっちゃ照れくさいこと、するりと言うてしもたんちゃう?
目の前で、琉生が目を丸くしている。
あああ。
しまった……。本音が。つい。
私は慌てる。
「あ。いや。そう。だって、みんな2人ずつ座ってて、ひとりなん、私だけやったから、やから……えっと」
慌ててしどろもどろになる私に、
「うん。淋しかったよね。ごめんね。帰りは、ひとりにしないから」
琉生はとろけるような甘い笑顔で、そう言った。
きゃあ……
極上の笑顔を浮かべる琉生の前で、私は体中の血が全身を駆け巡ったあとで、ほっぺたに一気に集まったような気がした。




