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あのね。  作者: 原田楓香
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53/60

53.ひとりにしないから。


 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもあり、同じ文芸部の部員でもある。

 今日は、1年の日帰りキャンプの日だ。


 そして今、私はバスの中にいる。

 私の隣は空席だ。

 本来なら、私の隣には、藤澤 琉生、彼が座るはずだった。

 けれど、今日、彼は仕事が入って、不在だ。

 早朝からの撮影が終わり次第、直接キャンプ場までマネージャーさんに送ってもらうことになっているらしい。

「お隣さんがいなくて、淋しいね」

 佐藤くんが言う。

「うん。残念やけど、お仕事ならしかたないよね」

 思わず、素直に“残念”と言ってしまう。

 でも、ほんとに残念やしな。

「でも、撮影場所とキャンプ場がかなり近いみたいだよ。案外、向こうの方が先に着いてたりして」

 佐藤くんが笑った。

「そうかも」

 私も笑ってみせる。


 この前、部活で様子がおかしかった琉生だけど、そのあとも忙しいようで、毎日のように遅刻早退が続いていた。

 それでも、あの日のかたい表情がウソのように、目が合うと優しい笑顔を見せてくれていた。なので、どうやら私に何か怒っているわけではなさそうだ。……ホッとした。

 それでも、いつも通りの笑顔とは少し違う気もする。

 どこか少し元気がないような、淋しそうな表情に見えるのは、気のせいか。


 仕事で何かあったのか。

 何か悩んでいるのか。

 それとも体調が悪いのか。

  

 努力家の彼は、これほど忙しい仕事の合間を縫ってでも、課題はいつもきちんと提出するし、可能な限り登校して、出席日数を確保している。

 疲れていないはずがない。

 ほんとに大丈夫なのか。


 心配でたまらないのに、私にできることは何にもなくて。

 もどかしくて。

 すごくすごくもどかしくて。

 だから、私はいっそう強く決意する。

 せめて彼と目が合ったとき、気持ちよく笑いかけよう。

 ほんのわずかでも、ホッとするような、そんな笑顔で。

 絶対しょんぼりした顔は見せないでいよう。



「琉生くん、忙しそうで心配」と電話で従姉のマユちゃんに言ったら、

「確かに、学校と仕事の両立って、大変やもんな。でもさ、昔、EMエンタの誰かがインタビューで、『仕事がない方が辛かった』って。『まともに寝る時間がないくらい忙しくても、休みなんか要らない、仕事がしたいと思ってた』みたいなこと話してたわ。まあ、琉生くんたちは、かなり順調にお仕事が継続して入ってるから、そこまでは思ってないかな」

「どうやろ? 撮影に入ってても公表されてないお仕事もあるから、どれだけ忙しいかはようわからへん。でも、すごくハードそう」

「えらいよね。自分で選んだ道とはいっても、ほんまに努力し続けなあかん仕事やもんね」

「うん。ほんとすごいと思う。学校の勉強だけで精一杯の自分とは大違いやわ」

「まあ、“みんなそれぞれの場所でがんばってるんだから”、比較はしないでおこう」

 

「みんなそれぞれの場所でがんばってる」

 それは、妹尾 圭の言葉だ。

「だから、自分だけが辛いんじゃない。そう思ってやってきた」

 インタビューか何かで、そう言ってほほ笑んだ妹尾 圭に惚れたのだと、前にマユちゃんは話してくれた。

「カッコいいからだけで好きなんとちゃう。個人仕事がなくて、全然評価されなくて、すごく辛かった時期も、粘り強く努力し続けて乗り越えてきた人やから。やから好きやねん。でも、そんな苦労話はめったにしたがらないところもすごく素敵やねん」


 琉生もきっと同じだ。

 いつも穏やかに優しく笑って。

 どんなにしんどいときでも、黙って笑顔で乗り越えてきたんだろう。

 そう思うと、彼がむちゃくちゃ愛おしくなって、ぎゅっと抱きしめたくなってくる。


 あかんな。

 もう完全に、“推し”という言葉では、自分をごまかせないくらい。

 私は、いつのまに、これほど彼のことを好きになってたんやろう。


 隣の空席をそっと見つめる。

 帰りだけでも、隣同士になれるかな?

 なれたらいいな。


 私は目をつぶって、彼の笑顔を思い浮かべる。





 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもあり、同じ文芸部の部員でもある。

 今日は、1年の日帰りキャンプの日だ。


 私は、気がつくと、すっかり眠ってしまって、次に目が覚めたのは、キャンプ場に着いたときだった。

 まわりがやけにザワザワしているので、目が覚めた。

 慌てて、みんなと一緒にバスを降りる。

 先に降りた子達の声がする。

「琉生くん、間に合ったの?」

「お。琉生、よかったな」

「お~琉生、おまえ、先に着いてるなんて」

「よかったね~来られて」

 みんなの声がする。

「仕事終わって直接来たら、まだ誰も着いてなくて。ほんとにここだっけ? ってすごく不安だったよ」

 そう言って、琉生が笑っている。


 よかった……!

 声も元気そう。

 笑ってる。

 

 琉生が近づいてきて、小さい声でそっと言った。

「織田さん、ごめんね。往きのバスの中、ひとりにして」

「うん。……淋しかった」

 思わずするりと言葉が出てしまった。

 ちょっと待て! 自分。

 今、なんかすっごい正直なんはええけど、めっちゃ照れくさいこと、するりと言うてしもたんちゃう?

 目の前で、琉生が目を丸くしている。

 あああ。

 しまった……。本音が。つい。


 私は慌てる。

「あ。いや。そう。だって、みんな2人ずつ座ってて、ひとりなん、私だけやったから、やから……えっと」

 慌ててしどろもどろになる私に、

「うん。淋しかったよね。ごめんね。帰りは、ひとりにしないから」

 琉生はとろけるような甘い笑顔で、そう言った。


 きゃあ……

 極上の笑顔を浮かべる琉生の前で、私は体中の血が全身を駆け巡ったあとで、ほっぺたに一気に集まったような気がした。

 


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