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あのね。  作者: 原田楓香
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㊻何度だって。



 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもあり、同じ文芸部の部員でもある。

 

 彼は、今、アメリカにいる。

 でも、もうすぐ日本に帰ってくる。

 

 そう信じている。


 授業中に入った飛行機事故のニュースに、クラス全員めちゃくちゃ動揺している。

 ガマンできなくなったように、想太が立ち上がり、机の中の荷物を適当にカバンに放り込む。

「オレ、とりあえず、早退する。事務所に行って、なんか情報入ってないか、聞いてみる」

「大丈夫か? オレもついていこうか? 」

 心配そうに言う佐藤くんに、

「だいじょうぶ」

 そう応えていたけれど、その顔色はどんどん青ざめていく。どう見ても大丈夫じゃない。

「一緒に行くよ、想太。……ごめん。みんな、先生には、2人で早退したって、伝えて」

 クラス全員に佐藤くんが投げかけるように言った。

 みんながうなずく。

 佐藤くんはカバンと想太の腕を抱えるようにして扉を開け、2人は教室を出て行った。

 出て行くとき、一瞬、佐藤くんは私の方を見て、かすかに目で合図してくれた。

 大丈夫だよ、と言うように。



 そうだ。大丈夫。

 きっと無事なはず。

 心の中で繰り返す。

 本当は、さっき教室を出て行った2人についていきたかった。

 教室のあちこちから声がする。


「まさか……琉生くん。無事だよね」

「無事だよ。きっと大丈夫だよ」

「うん、大丈夫だ」

「飛行機はいっぱい出てるから。どれに乗ってるのかも、まだわからないし。大丈夫大丈夫」

 

 みんな動揺しつつも、誰もが“無事”“大丈夫”という言葉を口々に繰り返す。

 これまで、こんなに何度も“無事”“大丈夫”という言葉を耳にしたことはない。


 私たちは何度だって、繰り返す。

 彼が無事に帰ってくれるなら。

 何度だって。



 彼は、私の推しだ。

 推しで、そして――最愛の人だ。

 どれだけ遠く離れていても、地球上のどこかに存在してくれていると思うと、それだけで幸せになれる、最高の存在だ。


「琉生くん……」

 教室のどこかで、鼻をすすりながら、つぶやく声がする。


 誰か泣いてる?

 あかんて。

 泣いたら、あかん。絶対。

 

 彼は無事。

 絶対無事。

 だから、帰ってくるまで。その無事な姿を見るまで。

 絶対、泣いたらあかん。


 どんなに不安でも。心配でも。

 泣いたら、不吉な出来事を受け入れてしまいそうな気がする。

 だから、泣かない。

 

 怖くて不安で、鼻の奥がツンとなって、目の前がグラグラしそうになるけど。

 私は必死でこらえる。


 チャイムが鳴り、急いで教室を出る。

 まっしぐらに図書館に向かう。

 全集の棚の前に急ぐ。


 神様。

 図書館の神様。

 全国各地の、いや、世界各地の、全ての図書館の神様。

 琉生を、琉生を守ってください。

 本が大好きで、全集の棚の本もたくさん読んでいる人です。

 とてもとても大事な人です。

 私にとっても。

 図書館にとっても。

 この世界にとっても。


 神様。

 どうか。どうか。

 彼を守ってくれて、無事にここに帰らせてくれたら。


 私は、これから先、もう何も自分の願いごとはしません。

 もう欲張って、いろんなお願いなんかしません。

 だから。

 どうかどうか。


 彼を、琉生を無事に帰らせてください。

 

 全集の棚の前で、ひたすら手を合わせる。

 

 



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