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あのね。  作者: 原田楓香
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㊺返事して。



 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもあり、同じ文芸部の部員でもある。

 

 彼は、今、アメリカにいる。

 でも、もうすぐ日本に帰ってくる。

 同じ地球上にいるとはいっても、海を越えて飛行機や船で何時間もかけないと行けない場所はやはり遠い。遠すぎる。

 その気になったら、手で触れる距離(いや、ほんまに触ったりはせえへんけど)に、相手がいる。同じ教室の中で、同じ教室の空気を吸える。そんな幸せな日々がまた戻ってくるのだ。

 気持ちがウキウキとはずんでくる。


 昨日更新されたファンクラブの『琉生と想太のアメリカ日記』には、

『無事、撮影終了! もうすぐ日本に帰ります。やった~(琉生)』

 撮影終了時にもらった花束を抱え、珍しく大きく口を開けて笑っている琉生の画像のそばに、短いコメントが添えられている。

 アメリカ日記に添えられた写真はどれも、日本にいるときよりも表情豊かで愛嬌たっぷりの、開放的な笑顔のものが多い。見た瞬間、可愛いと、思わず目を細めてしまうような写真も多かった。

 写真だけではよくわからないけど、彼はまた一歩前へ進んだのだ。

 彼の顔の輝きが今までと少し違う気がする。……気がする、としか言えないのだけど。



「僕はね、けっこう臆病で、小心者なんだ。人と付き合うこともあまり得意じゃなかった」

 中学のとき、放課後の図書館のカウンターで、琉生がそう話していたのを思い出す。

「そんなふうに見えないけど」 空が言うと、

「うん。そう見えないようにがんばってきたからね。ついつい人との間に壁を作りがちだったけど」


 夢が出来てから、考えが変わった。変わろうと努力してきたんだと、琉生は話していた。

 その夢は、アイドルになること――憧れの人、妹尾 圭のようなアイドルになること。

「ちょうどその夢を抱き始めた頃に、想太と出会った。あいつは、すごくてさ。それまで僕がせっせと積み上げていた壁をあっさり飛び越えて、知らない間に隣りに立ってたんだ」

「2人で人命救助をしたのが出会いだったって、何かの記事で読んだよ」

「そう。ちょうど初めて受けに行ったオーディションの日。2人ともそのせいで遅刻して、オーディション受けられなくなって。でも、次のチャンスには絶対2人で合格しようって。連絡取り合うようになって。そこから仲良くなって」

「……運命の出会い、やね。きっと」

 私が言うと、琉生は、ほわっと花が開くように、美しいほほ笑みを浮かべた。

「そう思ってる」

 琉生は何の迷いもためらいもなくそう言った。その表情に、想太への信頼と深い友情が感じられた。

 

 

 最近、中学の図書館のカウンターでの会話をよく思い出す。

 お互い本の話を始めると、話したいことがいくらでも湧いてきて、そして、そのうち、将来の夢の話や、今ハマっていることなどを自然と話すようになった。

 琉生は聞き上手で、「あのね」と話しかけると、うんうんとうなずき、極上の笑顔を浮かべて聞いてくれる。最高の話し相手なのだ。

 

 彼が帰国して、部活に来たら、秋の文化祭に向けて、文芸部の部誌に載せる作品のことを相談してみよう。彼は、何か作品を書くんだろうか。ああ。それに、お団子! 吉乃屋の新作が出たらしいって教えてあげよう。

 とにかく、話したいことがいっぱいある。

 ……いや、それより、まずは、ごめんなさい、だ。

 せっかく気遣ってくれたのに、「だって、迷惑」なんて言葉で手を振り払ってしまった。ちゃんと続きが言いたい。それでもって、あらためて、ごめんねって言いたい。


 授業を受けながら気もそぞろに琉生のことばかり、とりとめもなく考えていると、なんだか教室の一角が騒がしい。

「どうかしましたか」

 倉内先生が、その一角に目を向けた。

「いえ。あの……」

 言いよどんだひとりの女子の言葉に続けて、その隣の席の男子が、スマホを掲げて言った。

「先生。飛行機事故が起きたらしいです」

「どこで」

 授業中にスマホを見ていたことをスルーして、倉内先生が低い声で訊いた。

「アメリカです。……シカゴ発の便」

 

 クラス中が一瞬しんとした。

 

 え。

 シカゴ発。

 まさか乗ってないよね。

 どこに行くやつ?

 ロサンゼルス。

 国内線?

 じゃあ乗ってないよ。きっと。

 乗るなら東京行きの直行便だろ。

 


 教室中に囁き合う声が広がる。

 みんな、琉生が撮影を終えて帰国するという情報は知っている。もちろん、何日の何時の便なのか、そんな細かいことまでは知らない。

 

 自然とみんなの視線が想太に向かう。

 一足先に撮影を終えて帰国していた想太だ。

 想太は、一瞬呆然とした顔をしていたけど、首を横に振る。彼も何も知らないようだ。


 そこからは、もう授業にならなかった。みんなが一斉にスマホを取り出して、ニュースを検索し始めたからだ。

 倉内先生も自習の指示を出して、職員室に戻って行った。

「まだ何もわからないから、慌てたり心配しすぎたりしないで。みなさん、落ち着いて行動してくださいね」

 そう言い置いて。


 私は、ただぼうっとしていた。

 みんなが何を言ってるのか。言葉が耳のそばで滑り落ちていくようで、なんにも頭に入ってこない。

 ただひたすら、心の中で何度も何度も、琉生の名前を呼ぶ。

 

 無事だよね。

 無事だよね。


 琉生。

 琉生。

 聞こえたら、テレパシーでも何でもいい。

 琉生。 

 返事して。



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