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あのね。  作者: 原田楓香
44/50

㊹いつどこにいても


 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもある。

 さらに、同じ文芸部の部員でもある。

 

 彼は、今、アメリカにいる。

 同期の親友、妹尾想太と2人、W主演映画の撮影だ。


 

「この秋の、NIGHT&DAYのアリーナツアーどうする?」

 従姉のマユちゃんが電話してきた。

「申し込みどうする?」

「行く!」

 私は、いつものように即座に返事をした。すると、マユちゃんが、

「じゃあ、2人分で申し込むけど、いいの? 琉生くん達、今回のツアーはバックにつかへんのちゃうん?」

「う~ん。そやなあ。たしかに夏中ずっとアメリカやし、帰ってきても忙しくて、バックにつけへん可能性高いかも」

「そやろ。空は、NIGHT&DAY見に行く目的の半分以上が、琉生くん達やもんね」

「う~ん……でも、やっぱりもしかして、出るかもしれへんから、申し込んどいて」

「了解」

「おばあちゃんは行くの?」

「行く行く。大阪会場は、おばあちゃんと2人分。東京会場なら空と2人分で申し込むねん」

 チケットの申し込みもけっこう面倒だ。同行者の名前と電話番号やメールアドレスを同行者本人が登録しないと申し込みが完了しなかったりする。当然、チケットが当たったあとも同行者の登録確認をしないといけないし、当日にも、再度同行する確認手続きが必要だったりする。

 これほど手間をかけているのに、ネット上に出回るチケットがあるのは、なぜなのか。いつもすごく不思議だ。

「じゃあ、当たるの祈っとく」

「うん。力一杯祈っといて」

 弾む声で電話が切れた。


 マユちゃんの推しは、HSTの妹尾 圭(想太のお父さんだ)とNIGHT&DAYのダイゴの2人だ。

 彼女によると、推しは2人くらいいるのが望ましいらしい。

 推しが1人だと、テレビなどでその人の出番が少ないとき、さみしい思いをするけど、推しが2人いてたら、少なくともどちらか1人が、運がよければ同時に両方が活躍してくれるので、楽しみが増えるんだという。

 大阪のおばあちゃんは、HSTもNIGHT&DAYも好きだし、それに、まだデビューしてないけど、妹尾想太のファンでもある。公式うちわも必ず買ってライブに持って行く。

 事務所の公式うちわは、表面はアイドル個人の顔写真が大きくプリントされ、裏面は、ライブのロゴや全身写真が小さくのっていたり、表面とは違うデザインになっている。

 私は、まだ公式うちわを買ったことはない。初めてうちわを買うときは、藤澤琉生のだ、と決めている。デビュー直前のグループがライブをするときにはうちわが発売されたりするけれど、琉生や想太は、まだだ。

 

 さっき切れた電話が、再び鳴った。

「座席はどうする? 着席ブロック希望? それとも?」

「どっちでもいい」

「あのさ。着席ブロックで申し込んでいい?」

 マユちゃんが少し言いにくそうに言う。

「なんで? マユちゃん、ライブはやっぱアリーナで立ってノリノリで踊ったりするのがええよね、っていうてたやん」

「うん。そやねんけどさ、このまえ、おばあちゃんと一緒に行ったとき、着席ブロックで、案外よかってん。前の方の席で、しかも、ブロックまるごとみんな座ってるから、前が見えにくいこともなくてさ、安心して見れるねん」

「なるほど」

 前の人がジャマにならない、っていうのはいいかもしれない。前に、一度アリーナ席だったとき、自分の前の人がみんな立ったら、全然メインステージが見えなくて、こんなことなら、弟の分厚いマンガ雑誌踏み台がわりに持ってくればよかったと思ったのだ。私もマユちゃんもそれほど背が高い方ではない。ましてや、ライブには、恐ろしいほどヒールの高い靴で参戦している人たちもいるから、ローヒールの私たちでは太刀打ちできないのだ。

「いいよ。着席ブロックで」

「よっしゃ。じゃあね」



 電話を切って、スマホで、ネット画面を開く。

 今日の琉生と想太の様子は、まだアップされていない。いつも夕方7時30分ごろに、琉生と想太の最新情報が、ファンクラブのサイトで更新される。

 写真と、わずか2、3行の短いコメントだけのものだが、それでも、『琉生と想太のアメリカ日記』なんていうカラフルで可愛い題字のタイトルまでついて、2人のプチ情報が毎日のように投稿されている。グループに所属していない研修生で、こんなふうに、特別にコーナーをつくってもらっているのは、彼らだけだ。

 しかも、『琉生と想太』という表記が、2人をコンビとして前面に押し出しているような雰囲気だ。


 だから、もしかして、と私は、推測している。

 もしかしたら、彼らは、グループではなく、2人でデビューするのではないか。

 事務所もいよいよ、そのつもりで動き出しているのでは?

 実績も人気も、彼らなら十分だし。




 藤澤 琉生。

 

 彼は、私の推しだ。

 そして、クラスメートでもあり、同じ文芸部の部員でもある。

 

 彼は、今、アメリカにいる。

 同期の親友、妹尾想太と2人、W主演映画の撮影中だ。

 そう。彼は、アイドルの卵だ。

 しかも、そろそろ殻にひびが入って、今にも中から飛び出してきそうな、そんな卵だ。



 しばらくたってあらためてみると、最新情報がアップされていた。

 写真を見ると、それは、嬉しそうにお団子や大福を頬ばる琉生と想太の写真だった。

 琉生がお団子好き、想太がプリン好きと聞いた現地ファンの和菓子屋さんが、差し入れてくれたのだそうだ。

『お団子lover 琉生。めっちゃ嬉しそうに食べてます(想太)』

『そういう想太も、プリンの入った大福をいただいてゴキゲンです(琉生)』


 すっかり毎日の習慣になった、画面の下の“いいね”を押す。

 今日は、“いいね”を72番目に押せた。

 そうだ。

 今度は、1番目に“いいね”押すのを目指してみようか。


 写真の琉生に話しかける。


 よかったね。

 元気そうだね。

 笑顔がキラキラしてる。

 このところ、なんだかめっちゃ遠い人に思えてたけど。(アメリカにいるのだし、確かに距離的にも遠いよね)

 でも、お団子を頬ばる笑顔が、文芸部のときのと同じで、久しぶりに、いつもの琉生に会えた気がするよ。

 クールも、カッコいいも、可愛いも、ぜ~んぶ兼ね備えてる君が。

 君のことが――やっぱり……大好きだよ。

 だれか、もう1人推しを作るなんて、私には到底できそうにないし、必要ない。

 だって、いつどこにいても何をしていても、君がこの世にいる、そう思うだけで、こんなに幸せなんだから。

 

 大好きだよ。琉生。


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