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悪らつなるもの


「時間だ、起きろ」

「ええと、グレンさん?」


 目をこすりながら起きあがればグレンがいた。

 フェイは外で寝ていたはずだが、いつの間にか馬車の中にいた。外で寝ているフェイを誰かが運んだのだろう。時間は夕方より少し早い。

 ベルトポーチと短剣が横に置かれていた。それらを腰につけてから馬車を降りる。


「ふあ、おはようございます」

「あのとき以来だな。ほら、スープとパンだ。食べ終わったら容器を返してくる」


 グレンから渡されたのは昼食と同じスープとパンであった。白パンはいつ食べても美味しく、スープも味わいながら食べていく。

 グレンの食べ方はフェイとは対照的で、味わうこともなく白パンを口に押し込み、スープで流し込んでいた。


「もっと味わって食べましょうよ」

「味わうってお前。これから死ぬかもしれないってのに悠長だな」

「そうですか?」


 フェイの呑気のんきさにグレンは呆れた。その肩には弓と矢筒がげられている。


「グレンさんは弓なんですね、良かったです」

「アゼル隊長に言われてしまったからな。俺が死んだときにお前まで死んだら、誰が第三隊をまとめるんだってな。

 木の上に配置されそうだったから駄々をこねて弓にしてもらった。本当はおとり役が良かったんだがな」


「そうだったんですね」

「ちなみに隊長はおとり用の鳴子も持っている。人にはやらせないで自分だけいい格好しようなんてズルイよな」

「ふふ、確かにズルイですね」

「まぁ、だからこそついて行くんだけどな」


 フェイは食べ終わると空いた器をグレンに手渡した。


「それとフェイ、お前さんの持ち場はそこの木の上だ。準備ができたら教えてくれ」

「わかりました?」


 グレンは馬車へと歩いていき、空の器を中に積みこんでいく。

 準備することがあるだろうかとフェイは首を傾げ、腹部をさすると得心した。



「グレンさん、準備できました」

「わかった。アゼル隊長から指示は聞いているな?」

「はい」

「よし、なら木の上に登れ」


 木にはロープが一本垂れ下がっていた。それを伝い、登り終えれば枝に糸が巻きつけてあった。


「登ったな。枝に巻いてある糸が何本か伸びてるだろう。それぞれが離れた鳴子に続いている。試しに引いてみろ」


 糸は五本ほど枝に結ばれていた。その内の一本を引けば遠くでカラカラと音がした。


「ちゃんと鳴ったな。ほかも確認するんだ」


 残りの四本も順に引けば、それぞれ違う場所でカラカラと鳴る。


「よし、いいな。鳴子はほかの者が危ないと思ったら鳴らしていい。鳴らすときはいっせいに鳴らすのではなく、タイミングをずらして混乱させるような感じにな」

「わかりました」

「それじゃあな。あと下着見えてるぞ」

「…………」


 もっと早く言ってほしいと思った。それと同時に夜が来れば見えないだろうし、まぁいいかとフェイは判断する。

 木の上からの視界はあまり良くはないが、辺りが暗く、日没が近いことはわかった。

 太陽はその大半が山の向こうへと消えてしまい、森の闇は深くなっていく。


 ――そして夜が来た。


 先ほどまでは騎士たちがあわただしく動いていたが、今はそれも無く静寂せいじゃくが森を支配していた。

 待てども化け物は一向に現れない。空気は重く時間だけが過ぎてゆく。目は次第に暗がりになれていった。


 明け方近くまでは何もせず、隠れてやり過ごすので好都合ではあった。

 だが、それからもさらに多くのときが過ぎていく。

 それは突然起こった。

 葉の揺れる音、それに枝の折れる音が聞こえた。直後に重いものが地面を打つ音が響く。

 その振動が木の上にいるフェイにまで伝わってきた。


(来た!?)


 しかし、フェイからは木の影が邪魔をしてよく見えていなかった。



 地に降り立つは黒い影。それは手につかんでいたものを放り出す。三人の人間だった。男と女、それに子供が一人。

 男が振り向くと黒い影が笑っていた。逃げろと叫んだ瞬間、男の肉片と液体が飛び散っていた。

 女も逃げなさいと叫ぶが子供は動かない。女がつかみ上げられると、子供がお父さん、お母さんと泣き叫ぶ。男は父親で女は母親だった。


 母親は握りつぶされる。子供は泣きながらも走りはじめた。

 すぐ後ろには黒い影たる化け物がいる。ゆっくりと歩き子供を追いはじめた。

 狩りを楽しむかのように。

 ジョンは木の陰から全て見聞きしていた。そして今にも飛び出しかねない様子だ。アゼルはその肩をつかみ押し殺した声で制止する。


「早まるな。お前の守りたいものはなんだ」


「だが、このまま黙って見ていろというのか」

「俺たちが失敗すれば、この光景も繰り返される。だから、今は耐えろ」

「くそ……ただ見ていることしかできないのか。すまない……」


 最後は消え入りそうなほどの声量で呟く。

 そのとき、闇夜を歩く黒い影に矢が放たれた。矢が当たると即座に振り向き、その先には弓を構えた三人の騎士。


「こっちだ化け物!」


 もう一度放てば先の矢に続き命中する。だが、矢はすぐに抜け地面へと落ちた。


「矢が効かないのか!? おい、今のうちに救出を!」


 二人が黒い影を迂回しながら子供に駆け寄る。

 直後、弓を構えていた騎士へと化け物の腕が振り下ろされ、騎士は後ろに跳ぶ。

 直撃は避けたが衝撃により飛ばされ、木へと打ちつけられる。

 化け物は泣く子供へと振り向き、再び一歩を踏み出した。


「おいアゼル、どうするんだ」

「…………」


 アゼルは思案する。

 夜明けまではまだ時間がある。今動くのは当初の予定よりも早く、今動けばどのような被害が出るかわからない。

 ここにいる者たちは、死を覚悟してでも共に戦おうと集まってくれた者たちだ。

 最善は夜明けの直前まで隠れていることだ。しかし、完璧とは言えないまでも、すでに夜明けまでの時間は少ない。


 決断する。


 アゼルは糸を引いた。一つだけ設置してある鐘へと繋がる糸だ。

 鐘のある木から音が森に響き、化け物の一撃によってその木がなぎ倒された。

 合図を鳴らしたことにより辺りには鳴子の音が駆け巡る。化け物が気を取られている隙に、アゼルはほかの者と共に子供を確保した。


 もう大丈夫だと言っても子供は一向に泣き止まない。アゼルはやむなく子供を打ち気絶させ騎士の一人へと預ける。

 化け物は鳴子に引き寄せられ木は次々となぎ払われた。


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