戦う準備
がたごとと揺れる馬車が止まった。グリッヒダートの森に着いたのだ。
騎士たちはそれぞれ馬から降りていく。フェイもそれに続き、ベルトポーチと短剣を腰につけてから馬車を降りた。
騎士たちは数人ごとに整列し、アゼルとジョンがその前で見まわしている。アゼルが一歩踏みだし声を張りあげた。
「皆はもう知っていると思うが改めて名乗りたいと思う。今回のグリッヒダートの森に居座るかの化け物、その討伐を陛下により任されたアゼルだ。
諸君、いや違うな。今は同じ志を持った同志たちよ。よく俺の呼びかけに答え集まってくれた。まずはそのことに感謝する。
前回、グリッヒダートの森を偵察した際には精鋭たる騎士の多くが死傷したことは記憶に新しい。
だからこそ、最後に問おう。怖気づいた者は今すぐ引き返せ、今ならまだ間に合う。そして、残してきた家族を安心させてやれ!」
だがアベルの言葉に騎士たちは微動だにしない。それどころか、独身だとおどける者がいるほどであった。
「この場には俺以外にも寂しい者がいたようだな。そして家族がいるにもかかわらず、共に戦ってくれることを嬉しく思う。
ならば今こそ、共に、戦おうではないか!
前回よりも今回の人数は少ない。不安に思うのも当然だろう。大勢では足並みがそろわず、情報も乏しいために被害が増すばかりだった。
しかし、今回は少数による緊密な連携を重視し、柔軟に対応する。それに今回も彼女、フェイが同行してくれることになった。
俺の部隊はフェイの忠告を聞き入れたからこそ被害が少なく済んだ。そればかりか、瀕死ながらも俺の命を救ってくれた。貴重な情報をもたらしてくれた。
その彼女が共に戦ってくれるというのだ。それでも怖気づくものはいるか!」
いないという言葉が多くの者から発せられた。
「感謝する! 俺はお前たちと共に戦えることを誇りに思う!」
*
騎士たちが鳴子の設置と確認、装備の最終点検を忙しく行っていた。煮炊きをしている者たちもいる。
「アゼルさん。さっき私がすごいことをしたように言ってましたけど、私ってただの足手まといでしたよね……?」
「そうだな」
「あらためて断言されると傷つきます」
「はは、まぁそう言うな。今回に限って言えば足手まといにはならん。鳴子の設置間隔も、鳴らす人数にも限りがあるからな。それも勝手な行動をしなければだが」
アゼルがチラリとフェイを見た。
「まったく信用されてないですね……それにしても、アゼルさんがあんな話し方するとは思いませんでした」
「ガラにもないことをしている自覚はあるし、士気は上がったからいいんだよ。それに日が落ちてからはそれぞれが隠れ耐え続けないといけないからな。フェイ、お前は怖くないのかよ」
「どうなんでしょう? そういえばあまり怖いと思ったことがない気がします。やっぱりおかしいでしょうか?」
「どうだろうな。だが、恐怖を感じなくなった者は早死にすると聞く。なるべく命は大事にしろよ。それと今夜は徹夜だ。昼飯を食べたら順に仮眠を取る。おまえも飯の後は今のうちに寝ておけ」
昼食はスープとパンだった。パンは小麦を使った白パンで、スープには野菜と肉が一塊入っている。
肉を食べたのは随分と久しぶりで、匙ですくうと嬉しそうにほおばる。
しっかりと味付けされたスープにフェイの顔は緩んでしまう。白パンは甘く柔らかい。一口ずつ味わって食べていた。
そんな幸せそうなフェイの横に、一人の騎士が腰を下ろす。
「君は確かフェイだったね。少し話をさせてもらっていいかい?」
「はい」
「もし違っていたら申し訳ないのだが、無理やり連れて来られたりしてないか?」
「違いますよ。私がテューダー様、ええと、ここの領主様とアゼルさんに連れて行ってほしいってお願いしました。アゼルさんには呆れられちゃいましたけど」
「はは、そうか。それならいいんだ。それにしても君は怖くないのか?」
「同じことをアゼルさんにも聞かれました。よくわからないんですけど、たぶん怖くないんだと思います」
「それはすごいな。私はいまだに怖いというのに」
「それが普通なんだと思いますよ」
「そうか、普通か。それとすまないが、ひとつ聞いてくれないか」
「わたしなんかでよければいいですよ」
「ありがとう。実は前回の遠征には友人がいたんだ。だが、死んでしまった。戻ってきたときは酷い有様で、私は恐怖と共に怒りを覚えたよ。
こんなことをする奴がいると思うと許せなかった。友の仇を討つために、今回の遠征に参加したんだ」
「わたしも、同じようなものだと思います」
「君も大切な人を失ったのか?」
「はい……とても大切な人でした」
「そうか、その歳でつらい思いをしたのだな」
「珍しくもないですよ」
「だが、君みたいな子が仇を討とうとするのは、悲しいことだと私は思う。うまくは言えないんだが」
「別にそれだけでもないですよ。テューダー様に救われたのでその恩返しみたいなものです」
「そうか恩返しか、そいつはいい。私も奴を倒したら友人への恩返しになるだろうか」
「なると思いますよ」
「……そうか。ありがとう」
騎士は礼を言うと去っていく。その顔はどこかつき物が落ちたかのようだった。
フェイは残りのスープとパンを食べ終わり、馬車へと向かい布を受け取る。
木の下でなるべく平らな場所を探し、草の生えているところに寝転がり布に包まった。
地面は固いが美味しいものを食べたからか、フェイはすぐに寝息を立てはじめる。




