フェイの決意
翌日もいつものように飾り布を作っていた。
「フェイ、テューダー様が呼んでいるわ」
アンナに呼ばれ作業を中断した。手早く片づけテューダーの元へと向かう。
部屋には厳しい顔をしたテューダーがいた。
「フェイ」
「はい」
「騎士団の再遠征が決まった。三日後だ」
「え、え? それって……」
「私は、できれば行ってほしくはないのだが。これが最後の確認だ、どうする?」
「行きます」
「そうか、アラキナが悲しむだろうな。だが、これだけは約束してほしい。アゼル隊長の指示をよく聞き、決して無理だけはしないように。必要なものがあれば準備しておきなさい」
「はい」
先ほどの部屋に戻り作業の続きをする。だが、頭の中はすでに遠征のことでいっぱいだった。
期日は三日後、ついにこのときが来たのだと。
自分が行かなくても、アゼルたちならきっと倒せるのだと思う。
けれど、テューダーと屋敷の人たちと、領地に住む人たちのためにフェイは行きたかった。
そして――何よりも自分のために、立ち向かうのだ。
最後に糸を切れば飾り布は完成した。
*
遠征当日。
フェイは夜明けと共に目を覚ました。起きてからはベルトポーチに小石が入っているかを確認する。短剣は腰の後ろに挿せるようにしてあった。
ベッドの上にはノアが置かれ、その下にはもしもの時のための手紙が隠してある。
短剣を手に持ち引き抜けば、白い刃にフェイの顔が映る。
刃を鞘に納めればキンという甲高い音が響く。短剣を腰に挿し部屋を後にした。
階段を下り一階の玄関ホールを歩いていく。玄関口を抜けると、そこにはたくさんの人がいた。
アラキナがいた。グリッティがいた。テューダーと屋敷の人たちもいる。
いつもならまだ寝ている時間のはずなのに。
「フェイ、やっぱり行っちゃうのね」
「アラキナ姉さん……」
「ごめんなさい」
アラキナがフェイを寂しそうに見ている。そして悲しげに目を伏せ、フェイを抱きしめた。
「絶対に、無事に帰ってきてね」
アラキナが離れ、グリッティが同じようにフェイを抱きしめる。
「無理だけはしないようにしてくださいね」
絶対にしないとは約束できないが、できる限りはそうしようとフェイは思った。
オーソンが、無事に帰ってきたら美味しいものを作ってくれると言ってくれた。屋敷の人たちも気づかってくれた。
フェイは決意する。
テューダーに救われた。こんなにも優しくしてくれる人たちがいるのだ。
すべてを失った自分に、手を差し伸べてくれたこの人たちに、恩返しがしたいとフェイ思った。
恩すら返せない自分を嫌いにならないために。
「フェイ、どうか無事に帰って来るんだよ。もし帰ってこなかったら、私はとても悲しむよ。本当は大人しくしていてほしいが、それは嫌なんだろう。だからせめて、無事に帰ってくることだけは約束してほしい。」
「はい、テューダー様」
フェイは腰に挿してある短剣を取りだし、少しだけ刃を引き抜く。
なんとなくそうしようと思った。クリフォードが約束を破った方法で、自分は約束を守ってやるのだ。
そしてクリフォードに向かって言ってやる。自分はクリフォードと違って嘘つきじゃないのだと。約束を守らなかったことを、一生許さないと。
「必ず、帰ってきます」
――キンッという音が響いた。
「騎士の誓い……」
呟いたのはテューダーだ。
「騎士の誓いですか?」
「ああ、そうだ。しかし随分と古めかしいものを知っているね」
「これは、クリフォードさんが教えてくれたものです……」
「そうか……私は、帰りを待っているよ」
「はい!」
*
あのあと、馬に乗れないフェイは森へと向かう馬車に乗っていた。
揺られながら、先日のアゼルたちとの話しあいを思い出していた。
*
テューダーの許可が下り、早速フェイはアゼルたちの元に向かう。
「テューダー様の許可が下りました。私も一緒に行きます」
部屋の中にはアゼルとジョンがおり、なぜか二人とも唖然としていた。よく聞こえなかったのだろうか。
「私も一緒に行きます」
「いや、聞こえてるから言い直さなくていい」
「テューダー様の許可が下りました」
「そこも聞こえている」
アゼルが二つとも答えた。
「俺は今、信じられないものを見ている気がする」
「私も同感だ」
アゼルが首を振りフェイを見た。
「まじ?」
疑るように見てから放たれた言葉は短い。
「死ぬかも知れないんだぞ? 実際に一回死にかけたよな?」
「はい」
「普通来ようと思わないだろ」
「そうですか?」
「それになんで許可が下りるのかもわからん」
「そこはテューダー様ですから」
「なぜそこで顔を赤らめる」
テューダーだからこそ、許可を出してくれたとフェイは思っていた。ほかの者ではこうはいかなかっただろう。許可が無くともフェイはついて行ったと思われるが。
「ジョン、どう思う?」
「どう思うと言われてもな……どうしようもないと思うのだが」
「しかしなぁ……」
「単純に戦力が増えたと思うしかあるまい。実際に人数は少ないのだ。それにちょうどいいだろう」
「ちょうどいいのですか?」
「ああ、話していいのかはわからないが。今回の遠征で志願者を募るときに、フェイ、君が前回の遠征で同行したことを美談にして集めたのだ」
「同行したのは確かだしなぁ。いきなり剣の破片が刺さって死にかけるとは思わなかったが」
「今回も同行すれば士気も上がるのではないか」
「それはあるだろうな」
「本音では、決して来てほしくはないのだが……娘を死地に送るような気がしてならないのだ」
「俺もできれば連れて行きたくはないな。前の偵察のときに教えてくれた、あの黒い心臓については感謝している。
その情報によって陛下もご決断下さった。だが、本当にその黒い心臓が弱点かどうかもわからない。本当に来るのか?」
「行きます」
「そうか……まぁ、わかってはいたが」
まず、夜明け前までは可能な限り隠れるということ。次に鳴子を持っていくこと。
鳴子とは、揺らすと木板同士がぶつかり音が出る道具だ。
そして早めにグリッヒダートの森へと行き、糸を引けば音が出るよう鳴子を設置する。それと一部の者にも持たせて囮にするらしい。
「そして譲ちゃんは木の上で待機だ。絶対に降りるなよ。鳴子を鳴らしてもらうが、それ以外はなるべく動くな」
そう釘を刺されてしまう。前回は離れていたにもかかわらず、剣の破片が当たり死にかけた。だから今度は木の上ということらしい。
「いいか。くれぐれも、くれぐれも勝手な行動はするなよ」
「…………」
「一人が勝手な行動を取ったら部隊全体が危険にさらされる。何かあれば事前に言ってくれ」
「なら、ベルトポーチに石を入れて持っていきたいのですけどいいですか?」
「見せてみろ」
部屋から持ってきたベルトポーチを見せると、これなら音も立たないしいいだろうと許可が出た。
それと、使うのはなるべく緊急時にしてほしいとも言われた。鳴子と違い投げる場所がわからないからだ。
こうして、フェイがグリッヒダートの森へ同行することが決まった。




