少女の考えとアラキナの思い
数日がたつ頃には怪我もだいぶ良くなり、部屋には針を片手に繕うフェイがいた。
まだあまり動いてはいけないのでベッドの上で作業になる。
グリッティがようすを見にくる以外は、一人でいることが多かった。
棚にはハンカチ、リボン、飾り布と、暇を飽かして作りすぎてしまった物たちがある。
これらは売られ屋敷の運営資金へと回される。とにかく暇だったのだ。
売り物用とは別にアラキナからもらった布もあるが、欲しいものが思い浮かばずに放置してある。
フェイは縫いながらも、あの化け物について考えていた。
朝日を浴びると消えたことからも、夜だけ動きまわるのだと見当をつける。
消えるときに見た黒い塊、心臓のようなものかも知れないと、アゼルは言っていた。
それとは別に、消える直前に襲われなかったのはなぜだろうかと思案する。考えたのは笛が落ちる音に反応した、というものだった。
アゼルの声に反応し、笛の音に引き寄せられたことからも伺える。
あのときは自棄になって笛を投げた。今度こそ死ぬかと思ったが、そうはならなかった。
笛が落ちる音に反応するのであれば、石を持っていき投げればよくはないか。
なら、石を入れるポーチでもあればいい。中で石同士が当たり音の出ないような作り、仕切りがあれば大丈夫だろうと思った。
今作っているものがそのベルトポーチだ。
黙々と作っているとアラキナがようすを見にきた。
「フェイ、今度は何作ってるの?」
「ベ、ベルトポーチだよ」
「変わった形ね。これは仕切り?」
「小さいものを分けて入れれるようにしたくて……」
受け答えながらも冷や汗が背中を伝う。
だけど、もう一度騎士団について行きたいことは、グリッティだけにしか話していない。
変わったポーチくらいにしか思われていないはずだ。
「……フェイ。どうして、私には話してくれないの」
心臓が跳ね上がる。
「グリッティがテューダー様に話しているのを聞いたわ。それに、そんなくだらないことやめてよ。せっかく、助かったのに……」
「……くだらないことじゃない」
「死にに行くようなものじゃない。フェイ、あなたが戻ってきたときだって酷かったのよ。多くの人が腕や足が無かったりしたわ。腹を切り裂かれた人もいた。そのうちの何人かは死んでしまったのよ!」
「だったら……! なおさらあいつを何とかしないと! わたしなんかが生き残って、テューダー様は気にしなくていいって言ってたけど、そんなわけない!」
「フェイが行っても、どうにもならないでしょう!」
「アゼルさんだって言ってた。わたしが見たものが重要なものかもしれないって!」
「そんなのは偶然よ……!」
「ちがう!」
「違わないわ。生きて帰ってこれたのも、それを見たのも全部偶然よ! たまたまなのよ!
最初に襲われたときだってどんな思いで私が……! クリフォードだって死んだでしょう!?
死んだ人に引きづられて、あなたまで死ぬつもり!?」
なんで、みんないなくなってしまうのか。
父さんと母さんに捨てられたのか。
なんで、クリフォードもいなくなってしまったのか。
なんで、なんで……!
ここは私の居場所じゃない。あのとき死んだようなものだった。なのに、救われてしまった。それどころかただ過ごせばいいと。できるわけがなかった。
「うぅ……。アラキナ姉さんなんて大嫌いだ! うあああああああ!」
「大……嫌い……?」
騒ぎを聞きつけたグリッティが慌てて部屋に入ってきた。
「どうしたの二人とも!? ああもう! しっかりしなさいアラキナ! ほら、フェイも泣き止んで……」
フェイが泣き止むまでにはかなりの時間を要した。
部屋にはノアを抱きしめるフェイと、青い顔で放心したアラキナがいる。ほかには仲介したグリッティとテューダーがいた。
「話はグリッティから聞いているよ」
グリッティが知らせにいったのだ。
「ぐす、話ってなんですか……」
「フェイがもう一度遠征に同行したい件だよ」
「話さずにいる訳にもいきませんわ。ごめんなさい」
フェイは泣き腫らし涙は止まらない。鼻からもずるずると鼻水がたれひどい顔だった。
グリッティが顔を拭くが、あとから出てくるばかりで終わりがない。
「なので大体は把握しているよ。遠征について行きたいというフェイに、アラキナが反発したのだろう」
「ぐすっ……テューダー様も、くだらないと思いますか……?」
「くだらないとは思わないよ。ただ、そうだね。無謀だとは思うよ。損得で言えば損の比率が非常に大きい。それと具体性が無いかな」
「よく、わからないです……」
「ふむ。例えばだがフェイが水を飲みたいとしよう。近くのコップには十分ではないが、今日生きるのに必要な量が入っている。もう一方は山を超えた先の湖の水だ。フェイはどちらがいい?」
「近くにお水があるのに、お水のためだけに山を越えるなんて大変だと、思います……」
「そう、そのとおりだよ。たくさん水は手に入るかもしれないが大変だ。次の具体性だが、こちらはついでかな。フェイはついて行ってどうする、何をしたい?
あの化け物を倒したいのであれば、どうやって倒す? 剣か、槍か、それとも弓だろうか。フェイは何ができる?」
「どれも無理です……わたしができるのは、おとりくらいです……」
「それも一つの答えだろうね。ではなぜ、そこまであの化け物を倒したい?」
「それは……テューダー様へご恩が返せていないから、です……」
「私は十分感謝しているが。フェイ、君の作ったものがいくらで売れ、どれくらいの利益があるか知っているかい。
前に王都で売ってもらった飾り布一枚で、一つの家族が慎ましくとも一週間は暮らしていける。ほかにも売れているから、フェイが暮らすのに必要分を差し引いても利益があるよ」
「それでも、駄目なんです……」
フェイはノアをぎゅっと抱きしめる。
「わたしたちはテューダー様に救われました。そればかりか、行くあてのないわたしたちに住む場所と、働く場所までくださいました」
「そのために森へ行くと?」
「はい……」
「なるほど……良かれと思い助けたが、善意が人を縛るのだな……」
テューダーが腕を組み目を伏せ、聞こえないほどの声で呟いた。
「しかし、いつか一人で飛び出て行きかねないね。だけど、これだけは覚えておいてほしい。フェイが死んだら悲しむ人がたくさんいる。無論私も悲しむよ。
そして約束してほしい。遠征があれば知らせるから、決して一人で行かず、生きることを何よりも優先しなさい。
肝心の遠征は騎士団が大被害だったので当分先か、もう無いかもしれないがそこは我慢してほしい」
「はい……」
「そういうことだ。よかったかね二人とも」
「ご足労ありがとうございました」
「はい……」
「フェイ、アラキナが強く反発するということは、それだけフェイのことを大切に思い心配しているということを、忘れないであげてくれ」
フェイはこくりとうなずいた。
「ではね」
一言告げるとテューダーは退室していった。
「フェイ、疲れてしまったでしょう。夕飯の時間に起こしてあげますから寝ませんか」
「え、でもアラキナ姉さんが……」
「アラキナはわたくしが何とかしておきますから、安心してくださいまし」
フェイはベッドに寝かされ、ぬいぐるみを抱かされる。布を掛けられればあっという間に寝る準備が整ってしまった。
グリッティの言ったとおり疲れていたのか、すぐに眠気が来てしまい、目を閉じればすぐに眠ってしまった。
*
ある日のテューダー執務室。
テューダーの手には広げられた手紙があった。手紙には『騎士団再遠征の通達』という文が記されている。
なんということだ。よもやこれほどまでに早く、再遠征が決まるなど露ほども思っていなかった。
あれほどの被害が出てもなお、遠征を行ってくださる陛下には感謝の念が絶えない。
森さえ確保できれば全てが改善される。その点ではとてもありがたく、フェイの同行を許可したことでは頭が痛い。どうしたものか。
いくら悩んだところで答えなど出よう筈もない。
遠征が決まったというだけで今すぐではなく。早くても秋口か冬になるだろう。
凄まじい疲労感が体を重くする。椅子の背にもたれ掛かり、天井を仰ぐのも仕方のないことだった。
「どうしようもないな……」
だが、知らせるとは言っても、すぐにとは言っていない。
疲れをにじませるため息が吐かれた。




