森の化け物について
目を開ければ辺りは明るく、ときおり鳥の鳴き声と木々を凪ぐ風の音が聞こえた。
「おはよう、フェイ。起きたのね」
「おはよう、ございます。アラキナ姉さん」
昨晩、グリッティと話した内容はアラキナに顔向けできないものだった。
だからか、フェイはぎこちなく挨拶を返す。そのことを誤魔化すように声をかけた。
「アラキナ姉さんも眠れましたか?」
「昨日よりは眠れたわね」
アラキナの表情が幾分マシになっていたことに、フェイはほっとした。
だが心配させたことと、これからのことを黙っている罪悪感が身を焦がしていく。
そんな沈んだ思いは声をかけられることで途切れてしまう。
「痛みは大丈夫そう? それとお腹空いてない?」
「痛みはないです。お腹は、空いています……」
「わかったわ。何か持ってくるわね」
アラキナが部屋をあとにし、扉が閉まるとフェイはため息をついた。悪いと思いながらも、アラキナにはもう少しだけ黙っていようと考える。
戻って来たアラキナの手には、麦粥の入った器があった。消化のよいものをと言われており、これならいいだろうと、オーソンの許可が出たものだった。
アラキナがフェイを抱き起こし器を手渡す。吹いて冷まそうとしたが、お腹が痛むのでしばらくかき混ぜて待つことにした。
ドロドロに溶けた麦粥にはあまり食欲が湧かなかった。冷めたそれを匙ですくい口へと運ぶ。
しかし、ねっとりとしたものが舌に絡みつき、あとに少しだけ塩の味がした。ほとんど味のない糊のようで飲み込みづらく、喉にも絡みついてげんなりする。
このとき、『ちゃんと食えよ?』という幻聴が聞こえさらに食欲がなくなった。
もっと食べやすいものにして欲しかったと、心の底からフェイは思う。
「美味しくなかった……?」
「……ねばねばして食べにくいんです……それに味もほとんどしないですし……」
「ご、ごめんなさい……」
アラキナが呟くようにして謝ったが、フェイには聞こえていなかった。
やはり食べきれずに半分ほど残してしまう。器を渡すと代わりに水の入ったコップを渡してくれた。こくこくと飲み干せば喉にへばりついた麦粥が洗い流される。
「はふぅ……ありがとう、アラキナ姉さん」
麦粥から開放され笑顔になり、空のコップを手渡した。それからアラキナがゆっくりと寝かせてくれる。
「じゃあ私はこれを片づけてくるわね」
扉が閉まれば部屋には静寂が訪れる。
そういえば――と、仕事はしなくていいのだろうかとフェイは疑問に思う。
とはいうものの、早々に暖かな陽気にまぶたが重くなってしまう。押しよせる睡魔には逆らえず、すうっと小さな寝息が立つこととなった。
*
翌日の昼過ぎ。
部屋にはベッドで寝ているフェイ、それにアゼルとジョンがいた。
アゼルとジョンは椅子に座っているが、片方は別の部屋から持ってきたものだ。
「すみません、こんなところに呼んでしまって……」
「気にするな。俺もこいつも畏まった場所は苦手なんだ。そうだろう?」
「いや私は――」
「それよりも傷のほうは大丈夫なのか? 軍医からはだいぶ危なかったと伝えられていたぞ」
「はい。まだ痛いですけど大丈夫そうです」
「そいつは良かった」
アゼルは軽快に笑い飛ばす。
「あの化け物にフェイの譲ちゃんが潰されたと思ったときは、俺はもう駄目だと思ったもんだが」
「たぶん、わたしが気絶したときですよね」
「それになぜあんな無茶をした?」
「あのときは、アゼルさんに死なないでほしかったんです……なんで、わたしのことを置いていかなかったんですか……?」
「お前は騎士をなんだと思ってやがる……。騎士は、民を守るべき存在なんだぞ」
「ごめんなさい……」
「まぁ、そのことはいい。話があるんだろう? それを聞かせてもらおうか」
フェイは黒い塊について話していく。動かなくなり体が透けていったこと。そのときは朝だったこと。脈打つ黒い塊だけが空中に残り、最後には消えてしまったことを話した。
「ほう、土煙でよく見えなかったがそんなことがあったのか」
「黒い塊か。話に聞いた心臓のようなものかもしれん。部隊はそれどころではなく、私は見ていなかったが。陛下にご報告したほうが良くはないか?」
「ああ、このことについては持ち帰り検討することにする」
「お願いします……」




