少女とグリッティ
昼を過ぎ、目を覚ましたフェイに見えたのは見知った天井だ。
起きあがろうとするが激痛にうめき諦めた。首だけ動かし腹部を見れば布が巻かれている。そのすぐ横にグリッティがベッドに伏せるようにして寝ていた。
扉が開く。
「良かった、目が覚めたのね」
「アラキナ姉さん……」
「フェイがいなくなった時はどうしようかと思ったわよ」
アラキナはベッドの近くにある椅子へと座った。顔を見れば憔悴していることがわかる。
心配をかけたのだろう。
「ごめんなさい……」
「……いいのよ。それにグリッティもすごく心配していたんだから。少しは寝なさいと言ったけれどずっと傍にいると聞かなかったわ」
「そう、だったんですね……」
余程心配したのか、グリッティの顔も疲労の色が濃かった。
「フェイの無事をテューダー様にもお伝えしてくるわね」
アラキナが部屋を後にするが、グリッティは一向に起きる気配がなかった。前髪が掛かっていたので慎重に払い、頭をなでてみると穏やかな寝息が聞こえる。不謹慎かもしれないがその寝顔に笑ってしまう。
再び扉が開き、アラキナがテューダーを連れて戻ってきた。
「フェイ、あまり心配させないでくれ」
「ごめんなさい……」
とんでもないことをした自覚があり、ただ謝ることしかできなかった。
「気分はどうだね?」
「ぼーっとしています」
「そうか。かなり寝ていたから無理もないだろうね」
「ほかに変なところは無い? 痛みは大丈夫?」
「お腹は、すごく痛いです……」
起きたときには気にならなかったが、次第に痛みが増していた。そういえばあの化け物はどうなったのだろうか。それにあの黒い塊がなんなのかも気になった。
やはり、アゼルには話しておいた方がいいだろうか。
「あの、アゼルさんはいませんか? 話したいことがあるんです……」
「話したいことかい?」
「はい、あの化け物についてです」
テューダーは一度目を伏せ考えると、了承してくれた。
「ありがとう、ございます……」
「だがまずは養生しなさい。だいぶ苦しそうに見えるよ。アラキナ、フェイを頼んだよ」
テューダーは退室していった。
「フェイ、あまり痛むようならお薬飲んじゃおっか。 アゼルさんが連れてきてくれたお医者様にもらったけど、すごく良く効くんだって」
アラキナに薬と水を用意してもらい、それを苦労して飲み込んだ。
しばらくすれば痛みも無くなり、すぐに眠くなってくる。それに抗うこともなく眠りについた。
*
「うっ……」
痛みに目を覚ませば真っ暗だった。
「フェイ、起きましたの?」
暗くてよく見えないがグリッティの声がした。
「グリッティさん? 何で……?」
「何もできないのに、目が覚めたときに誰もいないと困りますでしょう?」
「それでも夜中までいなくても……」
「そんなことありませんわ。痛み止めが切れたらつらいかも知れないと、そう聞いておりましたから」
まさに今、痛みで起きたので何も言えなかった。
「痛いのでしたら薬を飲みますか?」
「お願いします……」
起きてからはじわじわと痛みが増している。正直に答えれば了承してくれた。
明かりを灯すとグリッティはフェイを抱きおこす。
水差で水をコップへとそそぎ、近くの椅子に座ると薬と一緒に手渡してくれた。
「ありがとうございます……」
「これくらい別に構いませんわ」
渡された薬を飲み終わりコップを手渡せば、グリッティはそれを近くのサイドテーブルへ置いた。
静かな夜にコップが置かれる音のしたあとは、フェイの息づかい以外は聞こえない。
グリッティがフェイの手を握る。
「どうしたのですか?」
グリッティの胸の前で握られた手に、フェイが身じろぎしつつ聞いた。
「生きて、ますわよね……あのまま起きないのではないかと……」
握る力が強められるが手は少し震えている。
「ちゃんと、生きてますよ」
グリッティがうつむく。
「あなたまで、いなくなってしまったら……」
絞り出すように紡がれたのはそんな言葉。部屋には鼻をすする音と嗚咽だけが響く。
グリッティがなぜそこまでフェイを心配するのか。それはかつて亡くした親戚の娘に、面影を重ねたからだ。
しばらくすればグリッティが手を離し疑問を口にする。
「どうして、あんな無茶をしましたの?」
「アゼルさんがクリフォードさんに似てて……アゼルさんが死んでしまうかもと思ったんです……」
目を伏せたグリッティが何を考えているのかはわからない。
「でも、行った意味はあったと思います」
「行った意味? そんなに体がボロボロになって何の意味があったというのですか?」
グリッティの語気が強くなる。
「それは……まだ、アゼルさんには伝えてないのですけど、気絶する前に見たんです。あいつの体が薄くなって消えていったのですけど、体が消えたあとも中から黒い塊が出てきて脈打ってたんです……何か、あると思うんです……」
「……そうでしたの。ですがそれは、騎士団の役目でしょう? あなたが行く必要は、無かったでしょう……」
「そう、ですね……」
フェイは机に短剣が置かれていることに気がつく。なくしていないことに安堵した。短剣はアラキナが置いていったものだとフェイは知らない。
「でも、次はちゃんとお願いして同行させてもらおうかと思ってるんです」
「まだ、行くというのです!? それになぜ、あなたが行かないといけないのですか。
そんな危ないことはやめたくださいませ。あなたが死んでしまったら元も子も無いでしょう!」
フェイを抱きよせ痛いほどに締めつける。そして耳元では嗚咽が聞こえていた。
「いたたたッ!? グリッテイさんお腹が、お腹が痛いッ……!」
「ご、ごめんなさい……!」
あわてて離すがすでに遅く、激痛にうずくまり額には汗が浮かんでいた。
「だ、大丈夫ですか……?」
ぐったりするフェイを心配そうに覗きこむ。腹部を見ると布には血がにじんでいた。
「ああやっぱり……ごめんなさい。布を換えますわ。ついでに少し体を拭きますわね」
汗で髪と服が張りついて気持ち悪く、その申し出はうれしかった。軽く拭いてから布を取りかえてもらう。さきほどの話は有耶無耶になってしまったが、フェイの思いは変わらない。
「グリッティさん、さっきの話なのですけど」
布を巻く手が止まり、グリッティの頬に涙が伝う。
「どうしても……なのですか? あなたが行く必要はないじゃない……」
「わたしはまだ、何も恩返しできてないんです……」
「それにそんなことをしたら、アラキナが怒りますわよ……?」
「うっ……そ、そのときはグリッテイさんも説得に協力してください……」
「嫌よ、自分のわがままを押し通すなら責任を持ちなさい」
「うぅ……」
「それにそれだけ心配しているということですのよ。もちろん、わたくしもね……だから、怒られてらっしゃい。はい、布も換えましたしもうお休みなさい」
ベッドに寝かせてもらう。痛みもだいぶ引き、そのまま目を閉じればすぐに意識が沈んでいった。




