アラキナは奔走する
時はさかのぼる。
フェイが森へ向かっていたとき、屋敷にいるアラキナが机に伏していた。そうしていると声が聞こえた。恐らくアンナだろう。
「アラキナ、入るわよ」
顔を向ければやはりアンナがいた。フェイについての知らせだろうと見当をつける。その表情からいい知らせではないことがわかった。
「倉庫の辺りで袋を持っていたのを見た人がいたわ。やっぱりついて行った可能性が高いわね」
やはりと思った。そんな気がしていたのだ。
どうか無事に帰ってきてほしいとアラキナは思う。
*
「アラキナ、起きなさいアラキナ!」
「うぅん……」
アンナに揺さぶられ起こされる。すでに外は明るくいつの間にか朝日がのぼっていた。
「騎士団が帰ってきたのよ!」
その言葉に意識が覚醒し飛び起きる。
「フェイ、フェイは無事なの!?」
「わからないわ。でも、先駆けてきた人が怪我人を治療する準備をさせているわ。場所は玄関ホールよ!」
怪我という言葉に嫌な予感がよぎる。屋敷内はあわただしく、部屋の外からは走りまわる音が聞こえた。部屋を飛び出し、アンナと一緒に走って向かう。
玄関ホールでは絨毯が退けられ、机や椅子が並べられていた。その周りでは屋敷の者たちがお湯を運び、布などを用意していた。
「サフロン医師は引き続き指揮を頼みます。私は町の医者を手配して参ります!」
「了解した」
騎士が外へ駆けていった。
フェイは無事なのだろうか。思えば気が気でなかった。
「気持ちはわかるわ。でも今はそれどころじゃない。大量の怪我人が運ばれてくるそうよ。その中にフェイも居るかもしれない。だから、準備を整えて迎えてあげましょう。案外元気に帰って来るかもしれないしね」
アンナは最後に少し悪戯っぽく微笑むと準備作業へ加わっていった。
そうだ、自分がフェイを信じないで誰が信じるというのか。やれることは少ないのだ。
だからこそ、やらなかったときの後悔はより大きくなる。
出会ったとき。寂しそうにしていたフェイを見てから決めたことだ。いつまで一緒にいられるか分からないが、できる限りそばにいようと思ったから。
今回もそうするだけ。
それに心配をかけたことを怒ってやると、アラキナは考えていた。
指示を聞き屋敷中から布を集めて運んでいく。それらを片っ端から熱湯へ放り込み乾かしていった。そうしているとグリッティとすれ違う。
「アラキナは平気?」
「平気じゃないわ。ただ、今やれることをやってるだけ。グリッティはどうなのよ」
「私も平気ではないですわね。アラキナと同じですわ」
「そう、同じなのね」
「ええ、同じですわね」
長話をする時間は無く、話は早々に切りあげ準備を再開する。外から多くの蹄の音が聞こえた。玄関の前で馬車が止まり、飛び降りたアゼルがサフロンへと叫んだ。
「準備はどうだ!?」
「最低限整っております」
「よし、順次搬送しろ!」
簡易の担架で運ばれる怪我人は多く、目を覆いたくなるほどに酷かった。血に塗れたなか、腕や足が無い者や腹を裂かれた者もいた。
そのなかで、フェイはどこにいるのかと探す。運ばれる怪我人のなかに腹部を真っ赤に染めたフェイがいた。
「いやああああああ!」
視界が歪み、信じられないと心が拒否するが、赤い色がアラキナの目に焼きついて離れなかった。
アラキナには崖の転落事故で亡くした、ただ一人の肉親である妹がいた。
起こしても反応はなく、背中に担ぎ運んでいるあいだにもみるみる体が冷たくなっていった。医者に見せたが手遅れだった。
もうあんな思いはしたくない。
アラキナの体が、手が震える。息は上手く吸えず揺れる視界のなかで自分を抱きしめた。唇を血が滲むほどに噛みしめ耐える。
大丈夫だと必死に言い聞かせていると、懸命に動くグリッティの姿が目に入った。アラキナは、グリッティの境遇についてよくは知らなかった。
あまり話したがらなかったので聞かなかったのだ。丁寧な話し方だからいいところの娘ではと思う程度だった。お湯が足りないとのことなので取りに向かう。ふらついたが構うものか。
焼き鏝で切断部を焼いたのだろう。ホールには肉の焼けた異臭が漂っていた。気分を悪くしたのか何人かは座り込み、さらには気を失っている者さえいた。
辺りは怪我人だらけで、うめき声がそこかしこで聞こえる。これが地獄かと思ったが、一年前にも同じような光景は見せられた。気絶などしてる暇はない。
「こっちはもう一杯だ、街のほうへも回せ! 糸が足りん、熱湯に突っ込んでから渡せ! 多少濡れていても構わん!」
優先度の高い怪我人が終わったのか、フェイの番がやってきた。顔は青白く腹部には何かが刺さったままだ。仕方がないにせよ正気ではいられない。
「フェイを、お願いします……」
医師の一人であるサフロンがうなずくと近くの騎士へと指示を出す。簡易の垂れ幕が用意されると服を切り開いた。垂れ幕のなかにグリッティもやって来るとアラキナの横に並んだ。
「わたくしも見守ります」
医師のサフロンがチラリとこちらを見るが、構わず施術を始める。
アラキナは胸の前で手を握る。祈ることしかできない自分が情けなくなる。グリッティも同じ気持ちなのだろうか。
もし、助からなければ……そんな思いが頭のなかで渦巻き、心を乱しつづける。だが、これだけは譲らないという思いがあった。
(クリフォード……)
(この子まで連れていくというのなら私は)
(絶対に許さない)
これは勝手な怒りだということはわかっている。だが知ったことか。本当に悲しいときや、怒ったときは理屈など関係がない。
どれほど時間がたったのか。サフロンからもう大丈夫だと伝えられた。一瞬、何を言っているのかわからなかった。
「助かるのですか?」
「助かりますの?」
全く同じことを聞いたアラキナたちににサフロンが苦笑する。
「ええ、あとは消毒した布を当てて巻いてください」
助かった。その意味を理解するまで時間が掛かった。握りしめていた手が真っ白になっていたことに、今更ながら気がついた。
グリッティと協力し担架へ移すと、フェイの部屋へと運ぶ。そしてベッドへ慎重に移したとき、心の底から安堵した。
「ほんと、心配させるわよね……」
「まったくですわね……」
「でも、良かった……」
「ええ、本当に……」
安心した瞬間、体が鉛のように重くなった。だがまだ終わりではない。治療を受ける人たちがいるからと、体を奮い立たせる。体は疲れていたが心には余裕があった。そして振り向き、不適に笑う。
「私は戻るけどグリッティはどうするの?」
「もちろん、わたしくも行きますわ」
先ほどは気づかなかったが、ホールへ戻ると騎士も多くが壁に持たれ掛かるか、座り込み動かなくなっていた。
「ふん、軟弱者共、とは言えんか。余程の惨状だったのだろうな」
サフロンがなじったのか労ったのか。どちらかわからない言葉を呟いていた。
「ほら、シャキッとせい! あと少しだ、女ばかりに働かせて、それでも誇りある騎士か!」
動ける人が少なくなる中、グリッティと顔を見合わせた。
「あら、騎士以外にも誇りはありますのよ?」
とぼけた物言いに思わずクスリと笑ってしまう。
ともあれ、あと少しの死力を尽くそうとアラキナは思った。




