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森の化け物 2/2


 ドゥガルド隊のところでは、そこかしこに鎧ごと切断された死体が転がっていた。

 剣を斬り飛ばされたことで、ドゥガルドは部下にかばわれ後ろに下がっていた。


「退却だ……! 時間を稼ぐ、誰か私に剣を貸せ!」

「ドゥガルド隊長! なれば我々が殿しんがりとして残りますからお引きください!」

「お前たちでは時間稼ぎにもならん、早く剣を寄越よこせ!」

「しかし……ッ!」

「くどいぞ!」


 だが、がんとして譲らない部下にドゥガルドは断腸の思いで告げる。このあいだにも一人、また一人と切り飛ばされていた。


「五人だ……それ以外は許さん」

「ありがとうございます!」


 ドゥガルドは剣を受け取り化け物へと疾走していく。部下もそれに続いていった。そのさなか、ドゥガルドは部下へ力なく呟いた。


「私の判断ミスだ……その尻拭いにつき合わせてすまない」

「ッ……!? そんなことはありません!」

「そうです! 誇りは、聖銀の鞘と鎧と共ににあります! 隊長が間違っていたなどとは、思いません」

「……そうか。ならば最後まで誇りと共にこうぞ!」


 ドゥガルドは五人の部下と共に、再び化け物と切り結ぶ。



 一方のジョン・ダグラス率いるダグラス隊。


「ドゥガルド隊は被害甚大(じんだい)、撤退し始めています。ダグラス隊長、どうしますか?」

「ドゥガルド隊があれほど被害を出すのであれば、我々が行ったところで同じ末路をたどるのは明らかだが見捨てるわけにもいかない。危険だが救出に向かうぞ」


 ダグラス隊の者たちは、ドゥガルドが化け物を引き付けているあいだに息のある者を運び出す。

 そして逃げまどっている者を誘導し隠れるようにうながしていった。



 そのあいだもドゥガルドはただ一人、化け物と相対していた。

 しかしドゥガルドの右腕が斬り飛ばされた。その衝撃で吹き飛ばされ地面を転がり跳んでいく。動けぬドゥガルドへ巨大な黒影がせまる。


 そのとき、数本の矢が化け物に突き刺さり気を散らす。アゼル隊の者たちだ。

 矢はすぐに抜け傷がふさがっていく。化け物は辺りを見まわすと、草音のするほうへ猛然と駆けていった。

 その隙に、ダグラス隊の者がドゥガルドを助け起こしていた。


「ぐ、ぅ……すまない。恩に着る……」

「申し訳ないですが今は止血だけします」


 腰のベルトポーチからロープを取り出し、ドゥガルドの右腕を縛っていく。

 ドゥガルドの剣帯から鞘を外し、ロープと腕の間に差し込んで回した。それによりきつく縛られ、出血のほとんどが止まる。


「このまま隠れて朝までやり過ごしますよ」

「……承知した。しかし、なんと情けないことか……」

「そうでもないかも知れません。おかけで今はほとんどの者が隠れています」

「そうか……」



 静寂が戻りつつある森では、散発的に悲鳴と木の倒れる音が聞こえていた。

 その音も次第に少なくなっていき、たまに同じような音がするだけになっていく。

 フェイの体は冷えていき呼吸は荒く、激痛にうめいていた。


 先ほどまでは周囲の喧騒けんそうが隠れみのになっていたが、痛みに喘ぐフェイの声で、このままではアゼルが巻き込まれてしまう。

 気力を振りしぼりアゼルを呼ぶが、その声は小さく聞き取りづらかった。


「……ルさん……アゼルさん……」

「なんだ」


 それでも小さく返事が返ってきたことに安堵する。


「このままでは……アゼルさんまで死んでしまいます……わたしを、置いていってください……」

「そんなことできる訳がないだろう」

「わたしなんかより、アゼルさんが生き残って……あいつを……」


 お願いしますという言葉を出せず、フェイは咳き込んでしまう。


「チッ気づかれたか……!?」


 アゼルがあわててフェイから距離をとる。そのことにほっとした。

 思いの中は記憶の人への謝罪の言葉。そして、一度でいいから両親に会いたかったという気持ち。

 最後に、クリフォードは怒ってくれるのだろうかと想いながら意識が沈んでいく。


「こっちだ化け物!」


(なぜ――)

(それだけは、ダメ……!)


 化け物がアゼルに向かい、迫っていた。叫ぼうにも声が出ない。

 何か、何かないのだろうか。体は風邪でうなされたときのように重い。


 ――フェイの中で風邪という言葉がつながった。


 笛、これなら少しは音を出せるはずだ。

 残る力の限りを使い、震える手で胸ポケットから取り出しそれをくわえる。

 吹いたら死ぬだろう。思えば貧しいからと両親に捨てられ、自分たちばかりひどい目にあった。


 救われてもまったく恩を返せず、そんな自分に生きる意味などないと思っていた。

 けど、あのとき生き残ったのはこの為だったのだろうか。

 アゼルには生きて、いつかあいつを倒してほしい。みんなを、救ってほしい。


 なんでここにいるのかわからなかった。いつも見えない何かに身をがされあせっていた。

 けど今は不思議とあせりが無い代わりに、熱が体を満たしていく。

 次第に視界がクリアになっていき、音もよく聞こえるようになった。そのまま熱の全てを笛へと吹き込んでいく。


 ピィィィィィィィ――


 笛の音に振り向き凄まじい勢いで迫ってくる。

 こんな奴の為にたくさんの人が殺され苦しめられた。

 必死に生きる人たちを殺して回るなんて許せない。

 その怒りのままにフェイは笛を投げつけた。少しは遠くまで飛ぶがすぐに失速していく。そして近くにあった石に当たった。


 土埃つちぼこりが舞いあがる。


 化け物は腕を振り下ろしたところで止まっていた。

 動かなくなりその黒い体が次第に透けていく。辺りが明るくなっていた。

 ついにはその輪郭りんかくがなくなり、元々体があった空中、その胸の辺りに黒く禍々(まがまが)しいものが脈打っていた。それも朝日に溶けていく。

 フェイからは体の熱が抜けていき、意識を手放す。


 *


 フェイが馬車で運ばれている最中、朦朧もうろうとしながらも意識が戻った。

 腹部には折れた剣が刺さったままであり、服は血にまみれている。

 速度を出しているため揺れがひどく、傷に響くが仕方がなかった。一刻も早く治療しなければ命を落とすからだ。


 フェイが視線をずらせば、荷台のふちに持たれかかったドゥガルドがいた。

 切断された腕は止血したままで青くなっている。ひたいには脂汗がにじみ激痛に耐えるさなか、フェイの意識が戻ったことに気がついた。


「……フェイ、だったか。すまないことをした。私の、判断ミスだ……」


 ドゥガルドの顔は後悔の念が強い。痛みに耐えながら話をつづけるが、ときおり馬車が跳ね苦痛にうめく。


「ぐっ……なぜ、君がいたのかはわからない。勝手な話だが、私のつまらないミスで死なないでほしい……」


 ドゥガルドは独白するように続ける。


「……騎士とはこうだと、決めつけおごっていたのかもしれん。多くの部下が死んだ。不甲斐ふがいないばかりだ……。だが、暗闇の中で笛の音が聞こえ、明るくなった。助けられたかのような……あの音はなんだったのか……」


 フェイはしゃべることができなかった。その代わりに力無くだが、ドゥガルドに向けて微笑んだ。


「死なないでくれ……」


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