森の化け物 1/2
森は暗く、木の根などにときおり足を取られ転びそうになった。しかし、夜の森を歩くことでフェイの心はだいぶ落ち着いていた。
フェイのとなりにはアゼルがいる。フェイのことを気にしながらも、周囲を注意深く警戒していた。
森へ入る前に絶対に喋るなと言われていた。フェイを含め、アゼル隊は誰一人声を発する者はいない。
しかし、この静かな夜林で大声を出す者がいた。アゼル隊の前を行くダグラス隊、さらにその先を進むドゥガルド隊。そこから聞こえてくるのだから相当なものだ。
そんな大声を出して大丈夫なのか、フェイは不安になりアゼルを見あげる。アゼルが気づき口に人差し指を立てた。黙っていろということだ。フェイはうなずく。
かなりの時間を歩いただろう。フェイは足が痛くとも無理をして歩いていた。粘りつくような緊張を強いられ、時間だけが過ぎていく。
前に見たときは気づけば目の前にいた。だというのになぜ現れないのだろうか。
「とんでもない化け物がおるから来たというのに一向に現れんではないか」
ドゥガルドが小さく悪態をついた。
「我々に恐れをなして隠れているのでしょう」
「ハハハ、そうに違いない」
「貴様らは任務中だという自覚がないのか! その剣と鎧はただの飾りか!?」
「も、申し訳ありません!」
ドゥガルドが緊張感の無い者を叱咤していた。だがその頭上、正確には木の上に奴はいた。いつからいたのか。ずっと見ていたのか。しかし、すぐに襲ってくる気配は無かった。
鼓動の音がやたらとうるさくなるが、その動揺を押さえ込みフェイはアゼルの裾を引く。そのまま震える手で化け物を指差した。
アゼルがその先を見ると驚愕に固まる。すかさず手を挙げ合図すれば部隊に緊張が走った。距離はまだ遠く、微動だにせず静かに見下ろしていた。
アゼルがもう一度手を挙げれば数人が弓を引く。静かに、ゆっくりと、注意深く引いていく。
腕を振り下ろし、矢が放たれた――瞬間には巨大な影がかき消えていた。
「な、なんだこいつは――」
言う間もなく血が飛び散る。静かな森だからかその音はよく聞こえた。
続いて木の倒れる音と複数の金属音が鳴り響き、悲鳴と怒号が飛び交い騒然とする。
「くそっ、こいつが例の化け物か!?」
「畜生ファリスがやられた!」
「ドゥガルド隊長が来るまで持ち応えろ!」
「私の、私の腕がッ……!?」
アゼルが喧騒を貫く声で指示を出す。
「各自散開し情報を収集、任意に援護しろ!」
部隊の者たちが一瞬にして散らばっていく。これはまとめて狙われるのを防ぐためだとフェイは聞いていた。
「お前は俺のそばを離れるなよ」
「はい」
奴が目の前いる。そう思うだけで心の底から恐怖が込みあげてきた。フェイは短剣を握りこむことでそれを押さえ込む。
「隊長が腕を切り落としたぞぉ!」
「流石はドゥガルド隊長だ!」
「馬鹿者共、誰が油断していいと言った!」
ドゥガルドが剣で化け物の腕を切り飛ばしたところだった。鎧を着ていながらに転がる倒木を跳び、倒れてくる木を避けながら戦っていた。
「あのドゥガルドって人、強いんですね」
「ああ、俺より強い。このまま倒せればいいが……もし負ければいよいよ不味いだろうな」
「え、援護とかしたほうがいいんじゃないですか?」
「無理だ。これだけ乱戦では矢が味方に当たる。それに第一部隊の連中は俺たちの援護をよく思わない。いざという時は、可能な限り援護するように伝えてはあるが」
不安は的中する。
「う、腕が再生しているぞ!」
「狼狽えるな! 何度再生しようが切り落とせば――」
フェイの腹部に何かが突き刺さった。
「え……?」
「なに!?」
フェイには何が起きたのかわからなかった。アゼルが叫んでいたのはわかり、さらにドゥガルド隊長と叫んでいたのも聞こえた。
助け起こされ痛むところを見ると、銀色の破片が深々と突き刺さり血が流れていた。
「アゼルさん、これ……は……?」
「まさか、剣の破片か!? 破片が飛んでくる、木の陰でやり過ごせ!」
悪態をつき指示を飛ばしながらも、フェイを抱え木の陰へと滑り込んだ。そのあいだにも悲鳴と怒号、木の倒れる音や、液体が飛び散る音が入り乱れる。
「くそ、まさか破片が飛んでくるとは。巻き添えはごめんこうむるぞ……!」
剣を斬り飛ばすほどの威力、その前では鎧を着ていてもひとたまりもない。鎧も人も区別なく切り裂かれていく。
「フェイ、どんな具合だ?」
「わかんないです……」
「すまんが今治療してやることはできん。つらいだろうが耐えてくれ」
フェイは力なくも小さくうなずいた。




