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少女と庭師


 ぬいぐるみのノアをもらってから何日かたったある日。


「ん……準備よし、と」


 玄関ホールには、つばの広い帽子をかぶったフェイがいた。空は晴れておりときどき風が吹いている。体調がいいのか動きは軽く、庭師のカルディンを待っていた。

 今日の仕事は、足腰の弱いカルディンの手伝いだった。


「カルディンさん今日もいい天気ですね」

「そうだねぇ。フェイちゃんは晴れのほうが好きかい?」

「はい、晴れのほうが好きです。雨は好きじゃないです。雨だと気分が落ち込んでしまうので……」


 フェイは脚立きゃたつを持ちあげた。脚立は重く持ちあげるのに苦労する。

 そして、この持ちあげる動作がつらいカルディンへと渡し、自分は各種道具の入ったかごを背負った。ほうきを手に持ってカルディンの後をついていく。


「カルディンさん重くないんですか?」

「いつも持ち歩いてるからね、慣れてしまったよ」


 カルディンは持ちあげるのがつらいと言っても、いつも自力で持ち運び仕事をしている。


「じゃあ今日はここから始めようか。よいしょ」


 脚立を降ろし足を広げた。フェイも一度かごを降ろして中にあるハサミを手渡した。

 枝葉えだはが切り落とされる音がしばらく続き、フェイは尋ねる。


「そういえばお庭のお仕事をする人は、カルディンさんだけなんですか?」

「たまにほかの人に手伝ってもらうことはあるけど、基本的には私一人だね」

「大変じゃないですか?」

「これも慣れてしまったからねぇ。よいしょ」


 場所を移動して再び切りはじめる。フェイは下に落ちている枝葉をほうきで集めていった。


「お花は好きなのですけど、この庭ではまだ見たことがなくて、どこにいけば見れますか?」

「あー……」


 カルディンが困ったような顔をする。なぜなら今、この屋敷には花が一輪いちりんも無いからだった。


「前に葬式の花が買えないからと、一輪だけでもゆずってほしいと聞かれたときに、そのことをテューダー様におはなししたんだが。あろうことか季節の花を全部渡されてしまった。おかげで一面背の低い生垣いけがきになってしまったよ」


 フェイは口を開け放心する。カルディンは構わずに続けた。


「テューダー様が喜ぶだろうと思い、丹精たんせい込めて育てていた花々だったけど、別の意味で喜んでいただけて良かったよ」


 花をあげるのはいいが、なぜ全てあげてしまったのか、フェイにはわからなかった。一本くらい残しておいてほしかったと思う。


「そういう訳だからすまないねぇ」

「い、いえ。カルディンさんが悪いんじゃないですから……。それにしても、お花も買えない領の人たちの生活が大変そうです。もっとみんなの生活が楽になればいいのに……」


「ああ、違うんだよ。そのときは生花せいかを全部王都に送ってしまった後だったから、街に花が無かったんだ。領の人たちの生活はここと同じくらいのはずだよ。好き嫌いはあるが、芋を作り始めてからは極端きょくたんえることも少なくなったはずだしね」


「そうだったんですね。でも、全部かぁ……」

「それに私がなげいたときに何とおっしゃったと思う?」


 カルディンが悪戯いちずらっぽくたずねるが、フェイは首を傾げるばかりだ。


「『これで花の維持費がなくなってちょうどいいじゃないか』と仰られたよ」


 フェイは両手で顔をおおなげいた。


「それに来訪があった際の体裁はどうするのかとお聞きしたら、今更気にする体裁もないと仰られた。それに、いや、これはフェイに言うことじゃなかったね」

「わたし、偉い人ってもっといい生活してると思ってました」

「ほかの貴族たちはもっといい生活をしていると思うよ。ここの領地が貧乏びんぼうなのもあるだろうけど、なにせテューダー様だからねぇ」


「でも、さすがテューダー様だとわたしは思います。周りを気にしないでわたしたちにほどこしてくれますから。わたしは、大好きです。あ、もちろんお屋敷のみんなのことも好きですよ」

「そうだね、私もみんなのことは大好きだよ」


 ふふっと二人は笑いあった。


「あ、そういえばここの領地はなんで貧乏なのですか?」


「うーん、何で貧乏か。それは何も無いからじゃないかな。領も小さいし農地も少ないからね。

 それに森があんなだから通り道にもならない。王都は目と鼻の先だから森が通れれば豊かになりそうだけどねぇ。無いものねだりしても仕方ないのだけれど」


「森ってわたしたちがいた森ですか?」


「そうだよ。それに誰も近くに住みたがらないしね。それに森さえあればまき事情も多少は良くなるはずなんだけどねぇ。それとフェイちゃんは炭って知ってるかい?

 木を蒸し焼きにするとできるものなんだけどね。よく燃えてすすが出ないから、よそに売るにはこちらのほうがいいんだよ」


「そうなんですね。でも、森かぁ、あの化け物がいなくなればいいのに……」

「そうだねぇ。でも、むずかしいと思うよ。よし、今日はこの辺で終わりにしようか」

「わかりました」

「フェイちゃん、今日はありがとうね」

「私はほとんど何もしてないですよ」


「ああ、いや……一人でやるのは少し寂しくてね。今日はとても充実した日だったよ。それに元気になったフェイちゃんを見れたしね。ちょっと前までは元気がなかったからねぇ」

「最近は体が軽くなりましたし、悪夢も見ないから調子がいいです」

「なるほど、それは良かったねぇ」


 カルディンが嬉しそうに笑えばフェイも釣られて笑う。

 来たときと同じように脚立をカルディンさんに渡し、フェイは枝葉の入った籠を持ちあげようとしたが――


「ふっ……ぬぐぐぐぐ……」


 渾身こんしんの力でなんとか持ちあげた。しかし、足取りはおぼつかず今にも転びそうであった。


「大丈夫かい?」

「大丈夫、です……」


 肩紐かたひもが食い込み、よたよたと籠を運んでいく。足を震えさせながらも目的地の倉庫へとたどり着いた。


「とりあえず中の山になってるところの近くでいいからね」


 中に入れば薪が積まれてるほかに枝葉の山があった。

 フェイはよろよろと歩いていく。山の近くに到着し枝葉の一部を踏んだ。


「あ――」


 足を滑らせ籠ごと山に倒れこむ。背負っていた籠からもバサバサと枝葉が落ち埋もれていった。


「だ、大丈夫かい!?」

「…………」


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