呼び止めるものは
部屋には熱を帯びた喘ぎだけが聞こえていた。時折うなり、目はきつく閉じられ苦しそうにしている。
右手が何かをつかむように虚空へと伸ばされる。当然、そこには何もない。
「見捨てないで……お願い、だから……」
腕が力なくしな垂れていく。
そのとき――手が温もりで包まれた。
オーソンが手を掴んでいたのだ。
フェイへと必死に呼びかけるが、反応がないことに焦りだけが蓄積されていく。手を握ることしかできずに表情は苦渋に塗れる。
子供が病で死ぬことはさして珍しくもない。最悪の予想がオーソンの脳裏をかすめた。
しかし――
「オーソンさん……?」
「目が覚めたのか!?」
「どうしたんですか……?」
「いや、何度呼びかけても起きなかったんだ。それで、大丈夫なのか?」
「たぶん……?」
オーソンの表情が剣呑なものへと変わっていく。フェイが逃れるように視線をずらすと、握られた手が視界に入る。
「手、オーソンさんが握っていてくれたんですね」
「ッ……!?」
オーソンは手を離し顔を背けた。そんな様子にフェイは弱々しいが笑みを零す。
「はぁ、全く……少し肝が冷えたわ」
「あれ、アンナさん……? なんでここに?」
「そこの馬鹿がフェイの様子がおかしいって、私の部屋に駆け込んできたのよ。着替え中にね」
オーソンの顔を見れば左右で色と形が違う、つまりはそういうことなのだろう。
「それは悪かったと言っているだろう。こっちだって別に見たくもないもの見ちまってとんだ災難――ヒッ!?」
片側だけでは足りないようだなと言わんばかりの、鋭い視線がオーソンに突き刺さる。
凶器の視線を送ったのは無論、アンナだ。その眉間には皺がよっており、これでもかというほどに怒りを表していた。
「はは……ともかく薬が効いたみたいなので良かったですよ。
こちらが滋養の薬でこちらが解熱作用の薬です。熱が上がりすぎたら飲ませてあげてください。
それでは私はもう帰ります。巻き添えは御免ですので」
医者も呼ばれていたようだ。しかし、不穏な空気を感じ取ったのか、早口で説明をすると一目散に退室していった。
「あの、アンナさん。お騒がせして、ごめんなさい……」
「大丈夫、気にしなくていいのよ」
「ありがとうございます。それにオーソンさんも……」
安心したからか、フェイはすぐに寝息を立ててしまう。次に目を覚ましたときには、アラキナが横で本を読んでいる最中だった。
「アラキナ姉さん?」
フェイが呼びかければ本を閉じ、こちらを振り向いた。そして微笑んでくれた。それだけでフェイは嬉しく思い、そばに居てくれるだけでも救われる気がした。
「起きたんだね。今日は大変だったみたいだけど大丈夫だったの?」
そう言ってフェイの頭を労わるように撫でる。
「なんかすごく大変だったと思うんだけど、よく覚えてなくて……。でもオーソンさんが手を握っててくれました」
「へぇ?」
フェイの頭をなでる手がピクリと止まる。同時に笑顔も固まり、部屋の温度が少し下がったような気がした。
だがそれもすぐに切りかえ、紙袋を取りだす。
「そうそう、お土産買ってきてあるよ」
手渡された紙袋の中には、いくつものお菓子と小さい笛が入っていた。
「わぁ、ありがとうアラキナ姉さん!」
「グリッティが買った分も入ってるわよ」
「グリッティさんにもお礼を言わないとですね!」
フェイは調子が戻ったら大事に食べることにした。つい頬が緩んでしまう。そんな笑みにアラキナも釣られて微笑んだ。
「早く良くなるといいわね。食べられそうなら何か持ってこよっか?」
言われて初めて、何も食べていないことにフェイは気づく。
「少しくらいなら、食べられそうかな……?」
「わかったわ。それと何かしてほしいときは、その笛を吹いてくれれば私かグリッティが来るわ」
アラキナが退室し静かになった部屋で、フェイは上に腕を伸ばしてみる。かなり重く、まだ熱が高いことがわかりため息が出た。
アラキナがパン粥を持って戻ってきた。それを食べたあとにフェイは泣きながら薬を飲みこむ。
苦いのか渋いのか、とにかく不味いようだ。逆の順番が良かったと、アラキナを恨めしく見つめた。
「じゃあ私ももう寝るわね、おやすみフェイ」
「おやすみなさい、アラキナ姉さん」




