第902話、白騎士様とお食事
俺はアポリト六番島の町を歩いていた。
少々ファンタジーがかった建物が建ち並び、天上人たちが行き来している。エルフの姿も多いが、青肌は部下、白肌は下僕と明らかに態度の違いが存在している。
レトロのような、それでいてどこか新しくも感じる不思議な町だ。ファンタジー映画を撮ろうと作ったセットのようだと、俺は感じた。
普通に歩いていると、ここが空の上の浮遊島であることを忘れてしまう。
そんな中、町行く人々が、俺をチラチラと見ている。いや、正確には、俺の隣を歩いているディニ・アグノス卿をだが――
「いや、君も相当だと思うよ、ジン君」
アグノス卿はそう仰るが、若い女子の視線はあなたに集まっていると思いますよ。
「女帝陛下をお助けしたのだから、注目されるのは仕方ない」
「……違うと思います」
俺より、あんたのほうがモテ視線浴びてんだよ!
「君の考えていること、当てようか?」
「いや、たぶん当たらないと思いますよ」
「ほほう、何故?」
「どうせ町中を歩くなら、美女とデートしたかったと思ってましたから」
「デート?」
アグノス卿はキョトンとした。そして「あー」と納得したような表情を浮かべた。
「なるほど、僕が女装して隣を歩けば、少しは君の気が晴れたということだね」
そこで嫌に色気を感じさせる視線を寄こす白騎士様。
「……それも悪くないな。今度、女の子の格好するから僕とデートして」
「本気ですか?」
意地悪したつもりだったが、何故かノリがよすぎるお返事。
「男色なんですか?」
「どうだろう? 時々、自分の性別がわからなくなる時はあるけどね」
そこでアグノス卿は憂いの目を空に向けた。
「僕はこんな容姿をしているだろう? だから思うことがあるんだよ。女の子として生まれていたら、とかね……」
なるほど、その一見女子にも見える姿ゆえの悩み。男装を強いられていたアーリィーも、似たような悩みを抱えていたな。
「あ、ジン君。見えてきた」
と、アグノス卿が指さしたのは、とある料理店。そう、俺はこれからこの人とランチタイムである。
・ ・ ・
この容姿だがら、がっついた食べ方できないんだ、とはアグノス卿の言葉。
見た目、美少女が意地汚く料理にがっつくのは確かに、少々幻滅ではある。豪快に骨付き肉に齧りつくとか似合わないのは確かだろう。
とまあ雑談はさておき、彼が俺を誘った理由は、俺の生い立ちや背景を聴取することだった。
女帝陛下が俺に会いたがっている、と聞いた。それが実現する前提として、面会させていい人間かどうか審査しているのだ。
そもそも、俺はこのアポリトに来て日が浅い。親衛隊の一部では、俺は闇の勢力のお仲間なんじゃないかと疑われているという。
だからこそ、俺のことを調べているのだろう。まあ、都合の悪いことは記憶喪失で通しているけどね。
異世界人で、未来から来たとか、真顔で言っても、「どうせつくなら、もっとマシな嘘をつけ」なんて言われるのがオチだろうからね。
「――君が吸血鬼じゃないなら、天上人であるのは間違いないだろうね」
「そうなんですか?」
天上人と地上人の違いって何? 外見からして違うとか……?
「君は強力な魔法を自在に操れる。地上人にはできない芸当だ」
「つまり、地上人は魔法が使えない?」
「まったく使えないこともないけど、少なくとも地上育ちは素養がないね」
天上人は全員魔法が使える、と。
確かに、俺が教えている騎士たちは、全員使っていたな……。得意不得意はあるようだが。
「どこの島の人間か、わかればいいんだけど」
「すみません、覚えていないので」
「うん、さすがに我がアポリトの魔法技術でも、記憶までは再生できない。……こちらこそ、力になれなくてごめんね」
「……アグノス卿」
「ディニでいいよ、ジン君」
「ディニ殿は、俺を疑っていないんですか?」
「吸血鬼の臭いがしない時点で、敵ではないと判断した」
アグノス卿はナプキンで口についた油を拭った。
「女帝陛下をお救いし、僕らの求めに応じて、騎士の教育や、吸血鬼化の呪いを解除する治癒魔法を指導してくれた。……治癒術士団を始め、騎士たちが喜んでいたよ。これまではやられたら終わりだった吸血鬼の呪いも、解除が早ければ助かる可能性が出てきたわけだからね」
元はゾンビ化を止めて浄化する魔法だったんだけどね。この時代の吸血鬼の呪いとやらも、ゾンビのそれと同じ処置で除去できるの幸いだった。
「少なくとも、このアポリトにとって多大な益をもたらした人物なんだ、君は。手荒な扱いなど、できるわけがない」
善人認定されているわけだ。これがただの流れ者なら、乱暴な尋問や、下手したら拷問じみたこともあったかもしれない。
「ひょっとして、俺はかなり有名人だったり?」
「今さらかい」
アグノス卿は呆れ顔になった。
「アポリト軍において、君の顔は知らなくても、名前と、その貢献度は誰もが知っているよ。そして先日、女帝の危機を救ったことがあっという間に噂として伝播してしまったからね。一般人も君のことを知っている」
「……」
また英雄に片足を突っ込んでいるというわけか。ま、俺がそれほど深刻に考えていないのは、どうせこの時代に長居しないとわかっているからだ。
いつでも去れる俺としては、ここで英雄になろうが別にどうでもいいのだ。
「そういえばジン君、話は変わるけど、君は十二騎士選抜大会に出るんだってね」
「出るように仕向けられたというか、私個人としてはその気はなかったのですが、エントリーされていたようです」
正直に答えたら、「そうなのか?」とアグノス卿が首をかしげた。
「スティグメ君あたりが、推したのかな?」
「会ったことはないですが、大公閣下がそうさせているようです」
「スティグメ君は、大公派だからね。たぶんそうだろう」
アグノス卿の表情が少々曇った。……大公派とか、そんなワードが出た時点で派閥争いの臭いがして、俺も警戒してしまう。
「ジン君、君に忠告しておく。あまり彼らとは仲良くしないほうがいい」
「と言うと?」
「面倒に巻き込まれるってことだよ」
彼の美麗な顔は、いつになく真剣だった。
「たとえば、うちの黒騎士が、君がこのアポリトを引っかき回す存在だと認識している。君の選抜大会出場は、大公派の企みだと、ね……」
忠告、というより、これは牽制だと俺は解釈した。白騎士ディニ・アグノスから、これ以上、大公派に関わるなと釘を刺されたわけだ。
俺としては、どっちに加担とか考えてはいないが、周囲はそうは見ないから用心は必要だろう。
そもそも、このアグノス卿だって、大公派とは別派閥の人間だろうし、そういう人間とお食事している場面なんて、その大公派から睨まれる一因となるだろう。
もうすっかり巻き込まれているじゃないか、いやだいやだ……。




