第901話、ディニ・アグノス卿
アポリトも変わらなければいけない、とスティグメ騎士隊長は発言した。
どういうことだろう?
天上人による地上支配を憂いている? いや、天上人貴族であるスティグメが、蛮族と評判の地上人に同情心を抱いているというのか?
それとも、現状の体制に不満があるのだろうか?
女帝がいて、大公がいて、貴族院と呼ばれるものが存在する。
俺はクルフに、それとなく政治的な話題を振ってみた。若き従騎士は真面目そのものの表情で答えた。
『アポリトを実質支配しているのは、貴族院です』
いにしえの存在と呼ばれる古参貴族――クルフは『老人たち』と称したが、それらがこの天上人の島と地上世界を支配しているのだという。
一般人は女帝が頂点に君臨して統治していると思っているが、老人たちの傀儡なのだそうだ。
そしてその老人たちは、延命処置を用いて、すでに百年以上の時を生きている。古狸たちが支配しているという現状を、若手貴族らが苦々しく思っている、ということなのだろうか。
引っかき回してみる、というのも面白いかもしれない、と一瞬考えてしまった。現状の体制が変われば、もしかしたら地上人への植民地的支配にも変化がもたらされるかもしれない、と。どのみち、この文明は滅びる運命にあるのだから。
だが、それに果たして意味があるのか? 問題なのは、俺がどの選択肢をとることが正解なのかわからないことだ。
俺の行動が本来の歴史通りにいくのか、それとも違う道へ行ってしまうのか。戻る世界がなくなってしまうのではないか――些細な事柄はともかく、明らかに史実に影響しそうな事柄は特に。……すでに女帝陛下の命をお救いしてしまっている。これ以上、干渉するのはどうなのか?
戻ったら、アーリィーやベルさんが消えているなんて嫌だぞ俺は。……いや、ベルさんは消えないか。あの人は文明の外で、天使と悪魔で争い続けているから。
この件をディーシーに相談する。ダンジョンコアである彼女に答えを導き出せるとは思っていなかったが、事実を共有している者として、せめて話しておきたかったのだ。
だがここで、ディーシーは意外な答えを告げた。
「今は本来の歴史を辿っていると思うぞ主。もし違う歴史となっているなら、我は主のもとから消えているだろうよ」
俺の持ち物やディーシーが今までどおり存在する限り、歴史に変化していない、というのが彼女の説だ。
「先のことはわからん。が、我がそばにいる限り、正しい選択をしていたと信じてよいと思う」
「歴史ってのは干渉しようとしても変わらないって説がある」
俺は、ふと思い出す。運命というのは決まっていて、その行動はどうあっても変えることはできない。
選んだつもりでも、運命の前ではそれすら決まっているというやつだ。俺がデカい介入や改変をしているように見えて、実は最初から歴史はそうだったというものだ。
「干渉しても間違っているなら、その行動は失敗する。つまり俺は安心して思ったとおりに行動すればいい」
もちろん、気休めだ。その運命論が絶対正しいと証明されているわけではない。もちろん、他の様々な説だってどれもそうだ。誰にもわからない。
それでも人は進んでいかねばならない。そして多分だが、干渉を嫌って何もしなかったとしても、周りが勝手に俺を干渉へと導くのではないか。
「主が選抜大会に出場することか?」
「ああ、周りが俺に出ろと促している。辞退しても、おそらくできないだろう」
何せまだ見ぬ大公閣下が、俺に出ろと言っているのだ。それ以上の権限を持つ者が出張ってこない限り、変えられない。これもひとつの運命の流れに思える。
・ ・ ・
翌日、訓練場にて、騎士たちに魔法を教えつつ、対吸血鬼戦の指導をする俺。……ちなみにこの世界の吸血鬼の知識については、資料を取り寄せて研究はしている。
そこへ、来客があった。
十二騎士ナンバー2、白騎士ことディニ・アグノス卿が訪ねてきたのだ。
「正式に挨拶するのは初めてだね、ジン・アミウール君」
「……」
男、だよな……? 白銀の鎧をまとう騎士様は、細身だが体格的には男だ。顔は、中性的というべきか。女性っぽくもあり、男性っぽくある。これは格好次第で性別誤認もあるうるな。たとえばドレスを来たら、美女に早変わりってね。
金髪に緑眼、整った顔立ちの美形。年齢は二十五、六くらいか。……何故か、アーリィーを思い出した。あの男装お姫様も、世間的にはこんな風に見えていたのかもしれない。俺の目には初対面から女の子だったけど。
「初めまして、アグノス卿」
「……うん、君がいま僕の顔を見て、何を思ったか当てようか?」
悪戯っぽく小首をかしげる様は女の子っぽい。たぶんわざとやってるなこれ。――王子様を演じていた時のアーリィーも、これくらいの余裕があってほしかったかもな。
「あなたは心が読めるのですか?」
俺が言えば、アグノス卿は笑った。
「心が読めなくてもわかるよ。大方、僕が女性かも、って思った……違うかい?」
「知り合いに似ているな、と思いまして」
「僕に似た知り合い? それはさぞ、その人も苦労しているだろうね」
俺の嫁です、とはさすがに言えない。
「それで、私にご用とか?」
「ああ。……まずは、親衛隊に成り代わり、ヴァリサ女帝陛下をお守りしたこと、深く感謝する」
騎士の礼をとるアグノス卿。それをわざわざ言いにきたのだろうか。
「君の対処は完璧だった。犯人が塵も残らず吹き飛んでしまって、どこの誰かわからないのが残念ではあるけれど、女帝陛下に迫る危険を一刻も早く取り除くという点では文句なしだった」
アグノス卿はにこやかだったが、目は真剣そのものだった。
「ただ、親衛隊の中には、君のことを疑っている者もいる。……君が闇の勢力の仲間、強力な吸血鬼ではないか、とね」
やっぱ魔法とはいえ、魔人機を素手で阻止したように見えたのがいけなかったか。普通の人間には、なかなかできない芸当だ。吸血鬼と疑われても仕方がない。
「まあ、警戒し過ぎると思うけれどね。……あの瘴気の外、しかもこんな太陽の下で活動できる吸血鬼など多くない」
「多くない、ということはいなくもない」
「そうだね。でも君は吸血鬼ではない。……あいつらは独特の臭いがある。でも君からはしない」
「臭い、ですか」
思わず自身の格好を見る。部屋に風呂があるから、毎日入っているんだが……わかるのかなそれ。
「洗ってもわかるんだよ、あいつらの、独特の血の臭いは。……僕にはね」
「ひょっとして、それを会って確かめに来た……?」
「うん、実はそうなんだ」
アグノス卿は朗らかに笑った。
「よかったよ、君が吸血鬼じゃなくて」
「疑いが晴れたのなら、うれしいですね」
俺がそう返せば、アグノス卿は「うん」と頷いた。
「何せ我らが女帝陛下が、君に会いたがっていてね」
「陛下が……!?」
何気に爆弾ぶっこんできたぞ、この白騎士様。
英雄魔術師はのんびり暮らしたい1、2巻よろしくです。




